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対象と一体となることが成長の鍵 原田要(最後の零戦パイロット) “零戦パイロット最後の生き残り” と呼ばれる原田要さん、98歳 戦時中は、エースパイロットとして幾多の激戦を潜り抜けてきました。 現在、長野県のひかり幼稚園で顧問を務め、 いまも毎日現場に足を運び、未来の日本を背負う子供たちを育てています。 全国から1000人を超える志願者があったといいますが、 どうにか書類選考と学科試験を通って 150人の合格者の中に滑り込み、 茨城県霞ヶ浦の海軍航空隊へと向かいました。 合格者150人に入れたとはいえ、 皆が操縦士になれるわけではありません。 ここからさらに1割の15人まで絞り込まれます。 まずは、現在の宇宙飛行士の試験のような 身体能力の検査によって50人が落とされ、 今度は残った100人で実際の飛行訓練を行います。 「おまえ、帰れ」「おまえも帰れ」 と次々に落第者が元の部隊へ戻されていきました。 私たちの指導教官は海軍で1、2を争う 名パイロットとして有名な江島准士官でした。 江島さんは特に私が操縦している間 ずっと怒鳴っています。 こんなに仲間が帰されていく中、 毎日怒鳴られている私は、 もうこの先はないだろうと諦めの境地にいました。 私は思い切って江島さんを訪ねました。 「私は親に嘘をついてまで 飛行機に乗りたくてここまで来ました。 しかし、あんなに怒鳴られるということは、 自分には適性がないことが分かりました。 明日原隊に帰してもらいたい」 「原田、俺はおまえが憎くて叱っているんじゃないぞ。 おまえには素質があるから、 それを早く引き出してやろうと思って言っているんだ。 俺はダメなやつは叱らない。 俺に叱られたら励ましだと思え」 翌日からの訓練でも江島さんから ずっと怒鳴られ続けました。 やることなすことすべて怒鳴られ、 さすがにカチンときて、 「何やっても叱られるなら、 もう勝手にしろ!」 と半ば操縦を放棄しました。 すると「よし、いまの調子だ!」という 江島さんの声が聞こえます。 どういうことだ? 頑張って操縦していた時は怒鳴られ、 操縦をやめたら「いまの調子だ」と……。 私はその時、気づきました。 自分が飛行機を操縦し、 こっちへ行かせよう、あっちへ行かせようという心構えが、 余計な力みと緊張に繋がっていたのではないかと。 そうでなく、 「俺は右に曲がりたいから、 一つよろしく頼むよ」 と素直になって、飛行機と一体になることが 大切だったのです。 |
2014.10.07 |
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