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      次代に輝く住まいを創る

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一語履歴WORD vol.266

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井村 雅代
(シンクロナイズドスミング日本代表ヘッドコーチ)

──五輪で合計13個ものメダルを
  獲得してこられましたが、
  人を育てる秘訣は何ですか。

試合が終わった時に、
やっぱりこの先生に
ついてきてよかったと言わせたい。

いつもそう思いながら指導しています。

この頃は特に、この子たちの
人生の大切なひと時を
預かっているんだと強く
思うようになりました。

自分の導き方一つで
全く違う人生を辿ることになる。

だから一人ひとりの
人生を大事にすること。
それは特に心掛けています。

ですから日々の練習では、
一つでもいいから絶対に
上手にして帰らせよう
という思いで指導するんです。

しんどいだけで
終わらせてはいけない。

何か一つでも進化した
自分を体験させてやろうと。

──選手を叱る際に心掛けて
  おられることはありますか。

叱る裏には責任があります。

それはしっかり自覚しなければいけません。

私もできることなら
褒めて勝たせたいですよ。

でも残念ながら難しい。

褒めたらその子は、
これくらいでいいんだって
思い込んでしまうんです。

NGを出して、もっともっとって
さらに上を求めるのは、
その子の可能性を
信じているからなんです。

この子たち一人ひとりに
ものすごい可能性がある。
私はそう信じているんですよ。


もちろん、たまには褒めたい
って思うこともありますよ。

それでリオ五輪の時、
決勝前の練習でちょっと褒めたら
デレデレ緩んできたんです。

これはあかん! 
と思ってまた叱りましたけど、
最後までそんなことを
繰り返していましたね。

やっぱり人というのは、
追い込まれて追い込まれて、
もっともっとって
求められるところから、
本当の力って
出るんじゃないでしょうかね。

──叱るのも簡単ではありませんが、
  何かコツはありますか。

叱るコツは三つあると私は考えます。

一つは現行犯で叱ること。

二つ目が直す方法を教えること。

三つ目がそれでOKかNGかを
ハッキリ伝えることです。

そこまでやらないなら叱ってはダメ。
それは無責任です。

──選手には嫌われても
  構わないともおっしゃっていますね。

全然構わない。

だから余計に、すべてが終わった後に
「この先生についてきてよかった」
って言わせたいんです。

だってその選手を指導するっていうのは、
これ運命的な出会いですよね。

だからなおさら
「この人に教えてもらってよかった」
と言わせたいんです。
 
2017/09/10

宮大工棟梁の小川三夫さんは、
鬼と恐れられた西岡常一氏の弟子として
長年厳しい修業を続けられました。

村上 太胤(法相宗大本山薬師寺管主)
    ×
小川 三夫(鵤工舎舎主)

【小川】 
村上管主は、
理屈を言わずに修行に励む子は
吸収が早いとおっしゃいましたが、
私がいろいろな弟子を見ていても、
素直な子はやはり
伸びるような気がします。


なぜ素直な子がいいかというと、
話が直線的に入るんです。
素直でない子は屈折して入るから、
伸びるのにも時間がかかる。

それに素直だと、
教えるほうも教えられるほうも、
ともに疲れることがありません。
 
やはり素直というのはいいものですよ。
何かの問題に直面しても、
素直に物を見ていくことで
解決できることがあります。

これ以上力が出せないという時も、
素直に物に触れていくことによって、
いいものがつくれる。


【村上】 
物をつくる上でも
素直さが大事だということですね。


【小川】 
そのとおりです。
常識的に考えたら、
設計図もない時代に
薬師寺の三重塔のような建物を
建てられるなど考えられません。

屋根の相輪に取りつけられた
四枚の水煙にしても、
一枚が百キロあるんですから。
 
おそらく奈良時代の工人たちは
何にも心がとらわれることなく、
素直に物事を捉えることで、
あれだけの知恵を
生み出したのでしょう。

それを再建しようと思えば、
やはり自分を無にして
昔の工人に心を合わせることが大事です。

そうすると

「つくってやろう」

というのではなく

「自然につくり上げていく」

という感覚が分かってくる。

私はこれまでの人生の中で
この素直さということを
とても大事にしてきました。
 
2017/09/07
昨年5月に聴覚障碍者では、
世界初となるエベレスト登頂を
果たした登山家・田村聡さん。

田村 聡(登山家)

──これまで数々の挑戦を
  してこられた中で、
  いつもどんなことを
  心掛けてこられましたか。

やはり基本は、
日頃の生活が大切だと思います。

普段から心配の芽を摘んでおき、
気持ちをきちんと整えることですね。

あとは少しの勇気を持って
挑戦する気持ちを持ち続けること。

そうすれば、必ず道はひらけると
思って私はやってきました。

──少しの勇気を持ち続ける。

そうです。山は決して甘くはありません。

だから自分というものを
しっかり理解して、そのレベルを
超えるような挑戦は
しないようにしてきました。

それとどんな山に挑戦する時も、
その山のことをしっかり頭に入れて、
安易な気持ちでいるのではなく、
畏れを持つ。

山に登るんだという
厚かましい態度ではなく、
登らせていただくという気持ちで
山と向き合ってきました。

山には危険が至るところにあって、
いつ何が起こるか分かりません。

これまで多くの登山家が
命を落としてきただけに、
そういった心構えが
私は大切だと思っています。

そういった意味では、
私には耳が聴こえなくても、
聴こえる人となんら
変わらないという気持ちでいます。

とにかく山は経験を
積むことが一番なので、
少しずつ経験を積んでいく。

そうすることで自分の
技術の範囲が少しずつ広がって、
その結果としてだんだんと
難しい山にも挑戦することが
できるようになっていきました。

それに、もっと言えば、
障碍のあるなしという
こととは関係なしに、
命は一つだけという思いが
私には強くあります。

──命は一つ。

ええ。その一つの命を
生かすにはどうするか。
そのことを常に考えてます。
 
2017/09/05

奈良・薬師寺といえば誰もが知る
日本を代表する古刹です。

管主の村上太胤さんは
9歳で薬師寺に入り、
60年間修行一筋に
歩んでこられました。


村上 太胤(法相宗大本山薬師寺管主)
    ×
小川 三夫(鵤工舎舎主)

【小川】 
村上管主が薬師寺に入られたのは
60年前ということですが、
まだ小学生ですね。

【村上】 
9歳でございました。

【小川】 
ああ、そんなに幼い頃に。

【村上】 
父が岐阜にある別院の
研修道場をやっておりましてね。
やはり橋本凝胤師の弟子だったんです。

私は時々岐阜に来る師匠から

「うちに来んか。
 おいしい饅頭もあるぞ」

と言われておりまして(笑)、
父も

「師匠が元気なうちに
 修行に出したほうがいい」

と考えていたようですね。

9歳ですから深く考えることは
ありませんでしたが、
それでも「一晩考えさせてほしい」
と言ったそうですよ(笑)。
 
師匠は60歳の男盛りで、
それはそれは厳しい
ことで有名な方でした。

ご自身も1,300年前の
伝統的な僧侶の
生活形態をそのまま守り、
肉や魚は食べない、
酒も飲まない、
奥さんも持たない。

弟子を育てること、
薬師寺を復興させることが
一番の願いという厳格な人でした。
 
寺には高田好胤師以下、
兄弟子たちが何人もおりました。

私は小学生ですから、
兄弟子たちに言わせれば
私への教育は比較的
甘かったそうですが、
もともと皆から
鬼みたいに思われている人ですから、
少しくらい甘くても
鬼であることには変わりありません(笑)。

何も知らない子供が問答無用に、
いきなりそんなお寺の生活を
強いられるのですから、
それはもう大変でした。

寺の生活に馴染むのが一番の修行でした。
 
2017/09/04

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