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      次代に輝く住まいを創る

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〒979-0154 福島県いわき市沼部町鹿野43

一語履歴WORD vol.292

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失敗しない人間は信用できない...
一語履歴 vol.292
人に可愛がってもらえるようにせないかん...
一語履歴 vol.291
会社に共通してる点...
道場 六三郎(銀座ろくさん亭主人)
    
地元の調理師会の会長さんに頼んで紹介状を書いてもらい、
その方の弟分が経営する東京・銀座の「くろかべ」
という日本料理店で働くことになりました。

母親としては、周りから嫌われたり、いじめに遭ったりすることが
一番心配だったのでしょう。家を出る私に、「六ちゃん、
人に可愛がってもらえるようにせないかん」と言葉を掛けてくれました。

「親や先生のいる前では真面目にやって、
見ていないと手を抜く人がいるけど、
とにかく神仏は全部見てござる。
だから、陰日向があってはいけない。
どんな時も一所懸命やらなきゃいけないよ」

これらの言葉に従って、朝一番に店に来て先輩の白衣と
靴を用意しておいたり、ボロボロになった高下駄を修繕したり、
あるいは、親父さんから「ガス台が汚いから綺麗にしろ」と言われれば、
翌朝四時まで徹底的に磨いてピカピカにしたり

どうやったら親父さんや先輩が喜んでくれるか
ということを常に考え、身を粉にして仕事に打ち込みました。

そうやっていると、思いがけず先輩が料理のレシピノートを見せてくれたり、
新しい仕事を回してくれるようになり、どんどん料理の腕を磨くことができたのです。

上の人から「あれをやれ、これをやれ」と言ってもらえる存在になれば、
様々な仕事を経験でき、使われながらにして引き上げてもらうことができる。

ゆえに、仕事をする上で最も大事なのは
「可愛がられる人間、使われやすい人間になること」に他なりません。
 
2018/03/12

北尾 吉孝(SBIホールディングス社長)
    
森先生の思想哲学の根底に流れるものに「相対観からの解脱」という考え方があります。
 
私たちは、地位や名誉、財産などあらゆる問題を
他の人と比較しながら相対の基準で生きています。
その結果、嫉妬心や憎しみなど様々な感情が生まれて自他を蝕んでいきます。

ところが、比べることをやめることで「絶対最上」になると森先生はおっしゃっています。
自分が尊い人身を天から与えられた唯一無二の最上の存在であることに気づくというのです。

天という大きな視点から見たら、自分は賢いと思っている人も、
愚かだと思っている人も大した差はありません。
仏教ではこれを「賢愚一如」と言います。
自分が絶対最上の存在であるとすれば、他人を気にすることなく、
自分が為すべき務めを、ただ淡々と一所懸命にやりさえすればいいのです。
 
私の事業家としての経験から見ても、
相対観で物事を判断する人は決して大成することがありません。
自分という小さい枠に囚われてしまって、大きな視野を見失ってしまうのです。
逆に、私利私欲を捨ててでも社会全体をよくしていこうという大欲を持つ人材の中にこそ
真に大成する人物がいると言ってもよいでしょう。
森先生も「捨欲即大欲」の章で次のように述べられています。

「人間が真に欲を捨てるということは、意気地なしになるどころか、
それこそ真に自己が確立することであります。否、さらにそれによって、
天下幾十万の人々の心の中までも伺い知ろうという、大欲に転ずることであります」
(『修身教授録』)
 
2018/03/08

中田 久美(バレーボール全日本女子監督)
    ×
高倉 麻子(サッカー日本女子代表監督)

【高倉】
実際に(イタリアから)日本に戻られてから
久光製薬スプリングスに入られるまでは、結構短かったですよね。

【中田】
半年くらいでした。最初はコーチで入って、
監督になったのはその翌年からでした。

【高倉】
そこから久光製薬の快進撃が始まるわけですけど、
どんなチームづくりをされたんですか?

【中田】
久光製薬っていうチームは、それまでも決勝に残ったりはしていたものの、
最終的に勝てていませんでした。それが何なのかっていうのがありましたけど、
私からすればチャラチャラしているチームにしか見えなかったんです。

だから私が最初にしたことは、選手のマインドをリセットすることでした。
最初に「どこを目指すの、このチームは?」って選手たちに聞いたら、
「優勝したい、日本一になりたい」って言うんですね。
「だったら日本一になるための練習をしようよ。
じゃそのために何が必要か書くね」って、ばーって書き出したんです。

それから片づけですね。というのも、体育館と隣接する合宿所の廊下に
私物が散らばっていて、中にはやめた選手の箪笥まで放置されていたんです。
すぐに選手を集合させると、「これではダメ、日本一にはなれない。
すぐ片づけなさい」と言って、各自の部屋から体育館の掃除まで
当番をつくって全部一からやり直させました。
 
なぜそうしたかと言うと、周りの変化に気づけない人たちが、
自分たちのチームの問題に気づけるわけがないからなんです。

「汚い」とか「汚れてる」って気づけない人に、
チームの何が気づけるんですかって話です。
日常生活ってすごく大事で、いまはコートの中だけちゃんと
やっていればそれでいいっていう風潮がありますけど、
答えは日常生活の中にある、と私は思うんです。
 
2018/03/08

命がけの仏教の修行の一つ「千日回峰行」を成就した慈眼寺住職・塩沼亮潤さん。
その修行とは、往復48キロ、高低差1,300メートルの険しい山道を、
16時間かけて歩く、それを年に120日余り、足掛け9年続けるという、
まさに人間の限界に挑み続けるものです。

塩沼 亮潤 (慈眼寺住職)

39度5分以上の熱があったと思いますが、熱を測る時間もありません。
すぐに滝で身を清め、階段を上ったところで意識がほとんど飛んでいました。
気がつくと、杖も提灯も持たず、編笠も被らず、
両手にたくさんのお水を持って歩いていました。
数100メートル行っては倒れ、数10メートル行っては蹲り、
ぼろぼろになって山頂を目指しました。
 
山道に入ると小さな石に躓きました。両手がふさがっていますので、
ロケットのように体が飛んでいって顔から地面に叩きつけられました。
横たわったまま、永遠に時間が止まってほしいと思いました。
もう一人の自分が「ここで行を終えたら、ここが自分の墓場になるんだな」と思っていました。
 
目をつぶっていると仙台の母と祖母の顔が浮かんできました。
一方に母ちゃん、反対側にばあちゃんの手の温もりを感じました。

中学2年の時に両親が離婚しました。そのあと母はいつも言っていました。
「家にお金はないけれど、一所懸命頑張ってる母ちゃんの後ろ姿、これがおまえに残してやる財産だよ」。
そんな母の頑張りを知っていたから、どんなに辛いこと苦しいことがあっても、
私はエネルギーを得ることができたのです。
 
そのうち頭に浮かぶ映像は昭和62年5月6日の朝のシーンになりました。
出家する朝、母がおいしい大根の味噌汁を作ってくれました。
3人で食べて、いつもならば私が食器を洗うのですけれど、
「きょうはいいから」と母が洗ってくれました。

しばらくするとガチャンと音がしました。「何したの、母ちゃん」と聞くと、
母は「食器を全部捨てた。おまえの帰ってくる場所はもうないと思いなさい。
砂を噛むような苦しい修行をして頑張ってきなさい」と言いました。
 
その時、「砂を噛むような」という言葉が幻聴なのか、
闇の中に響いたような気がしました。
「そうか、俺はまだ砂を噛んだ経験がない。死ぬ前に一度砂を噛んでみよう」。
目の前にある砂を自分の舌で舐めて噛んだところ、正気が戻ってきました。
「こんなところで死んでいられない」という思いが溢れるように湧いてきました。

情熱が息を吹き返して、私は猛烈な勢いで山に向かって走っていました。
走って、走って、走って……。私は天に向かって叫びました。
「私に苦しみを与えるならば、もっと苦しみを与えてください。けれども私はへこたれません」
 片道24キロを走り切り、山頂に到着した時には全身から湯気が出ていました。
山小屋のおじさんが「どうしたんや」と聞いてきました。私は笑顔で答えました。
「ちょっときょう遅れたんで、そこそこ走ったからじゃないですか」。
おじさんは全部分かっていて、「そうか、頑張りや」とだけ言ってくれました。
 
2018/03/01

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