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才幹に優先すべき人間の徳望 安岡定子 【安岡】 父から教えられた最も大きなことは 縁と情ということで、私自身、この二つを 大事にすることを人生を歩む上での 大切な法則だと心得てきました。 それに一つ加えると、我が家の応接間には 「士別れて三日なれば、即ち当に刮目して相待つべし」 という父直筆の額が掲げられています。 中国の『三国志』の時代に、呉の呂蒙という将軍が 語った言葉で、この言葉も人生の指針にしてきました。 自己鍛錬に努めている人がいれば 三日も経つと見違えるほど成長しているという 意味なのですが、私の好きな箴言の一つですね。 【荒井】 安岡正篤先生は人のことをなぜ人間というのか、 一人称単数をなぜ自分と呼ぶのか、 この「人間」と「自分」という二つの言葉に注目し、 重視しておられました。 人のことを人間と呼び習わしてきた 我が国の伝統は素晴らしい、というのが 安岡先生のお考えなんですね。 そして、安岡先生と同様に、 昭和の国難の時代を精神的にリードしてきた 哲学者の和辻哲郎先生もまた、 この人間という呼称に着目して 『人間の学としての倫理学』を著されています。 人はそれぞれオンリーワンの存在でありながら、 他の人ないしは人と人々との間柄の中を 生きていく社会的存在であることを 「人間」という言葉によって 端的に表現していることをお二人の碩学が 評価されている。 このことは実に注目に値すべきだと思います。 【安岡】 なるほど。その通りですね。 【荒井】 オンリーワンの存在でありながら 社会的存在として活動することは、 所属する企業や集団の中で果たすべき役割を 分担していくことでもあります。 「分際」というのはまさにそれを 言い表した言葉ですが、 このような人間理解があればこそ、 「自分」という呼称は素晴らしいと感じるんです。 この人間に対する理解を正しく持つことも、 生きていく上では忘れてはならない 人生の法則なのかもしれません。 【安岡】 父はよく自身の使命として 「僕の人生は東西古今の名言や語録の渉猟に 明け暮れてきたが、この功徳は僕にとっても 大変なものがあった。 これを分かち与えるのが僕の使命である」 と語っていました。 父が先賢の書から掴み取った法則や真理を 伝えていくことを使命としたように、 その志を受け継ぐのが私たちの役割なのだと思います。 【荒井】 私は、安岡正篤先生の著作に共通する 最大の主題とも言うべき修己治人の学について 述べさせていただきたいと思います。 企業や組織、ひいては国家、社会の指導者となる人々に 絶えず求められる資格は、その人の徳望と才幹だと 言えるでしょう。 企業や組織の興亡盛衰を決めるのは人だからです。 修己治人の学は詰まるところ、 この徳望と才幹を磨くにはいかにあるべきかを 追究するための学びだと思うんです。 残念なことに、現代人は才と徳とを 「賢」という概念でひと括りにし、 優先順位が何かが分からなくなってしまっている 感があることは否めません。 【安岡】 おっしゃる通り、いまは徳望よりも むしろ才幹が重視される風潮にありますね。 しかし、それでは世の中は混沌とするばかりで、 極めて危惧すべき状態です。 いま一度、人生の法則に立ち返るためにも、 父の書物を学び直す必要があると思います。 そして、その教えを後世に継いでいくことが大事です。 |
2018.11.09 |
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