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      次代に輝く住まいを創る

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うちで働けば仙人にしてあげるから...
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これからの日本はどうしたらいいのでしょうか...
芥川龍之介に「仙人」という短編小説があります。

仙人になることを夢みる、人のよい権助という若者がいました。
「うちで働けば仙人にしてあげるから」という言葉を信じ、
人使いが荒い医者夫婦のもとで、
文句一つ言うことなく何年もただ働きした挙げ句、
最後には高い木に登るように命じられて、落ちて仙人になってしまう、
という物語です。

鈴木 秀子(国際コミュニオン学会名誉会長)

物語を読む時、私は権助の生き方がある一人の人物と重なります。
それはイエス・キリストです。

人々から激しく迫害され、罵られながらも、
キリストは最後の最後まで目に見えない神様を信じ抜き、
人々を愛し抜きました。

十字架の死すら神様の御心として受け入れ、
肉体は滅びても40日後に奇跡の復活を遂げるのです。
 
私たちの社会は様々な欲望に満ちています。
しかし、いくら欲望を満たしてみたところで、
所詮は一時的な喜びに過ぎず、
最後には必ず空しさを覚えるようになっています。
 
これに対してキリストが説いたのは絶対的で
永遠に繋がる全き愛の世界です。主人公・権助もまた、
そのような変わることのない心の満足を得ることができるならば、
自らの生活、さらには命すら犠牲にしても悔いはないと考えていたのです。
 
権助が太閤秀吉を例に
「人間と云うものは、いくら栄耀栄華をしても、
はかないものだと思った」と語り、永遠不変の仙術を
手に入れたいと心底願った件からは、そのことが窺えます。
 
そして、芥川龍之介その人がまさにキリストを
慕い続けた一人でもありました。『西方の人』『奉教人の死』など
キリストや殉教をテーマにしたいくつかの作品では、
龍之介が人間にとって一番価値ある生き方をキリストに見ることで、
心の渇きを満たそうとしていたことを知ることができます。
 
それは龍之介に限ったことではありません。
大手電気企業の子会社の社長を務めながらも、
表面的な肩書や地位を得ることに空しさを感じ、
退職後は私の鞄持ちになりたいと申し出てくださった
男性の話を紹介しましたが、人間誰もが心の深いところで
人生の真の満足を求め続けているのだと思います。
 
私がよく知っているある有名な老舗菓子店の経営者は、
ダウン症という障碍を授かって生まれた娘さんの
純粋な心に触れることで人間の素晴らしさや人生の喜びに気づき、
それまでの即物的な人生観を一変させました。
いまは熱心なクリスチャンになり、
事業の傍ら障碍者の自立支援に命を注いでいます。
 
私たちが本心の満足を得るのは、社会的な活動や地位、財産といった
人間のdoingの世界のさらに奥にある、
自他のありのままの存在を認めるbeingの世界に触れた時です。
私たちが大いなる存在によって生かされ、
お互いに深いところで繋がり合っていると知ることは、
真の心の満足を得る第一歩であると私は確信します。
 
2017/12/25

石井 幹子(照明デザイナー)
   ×
村上 和雄(筑波大学名誉教授)

【村上】
石井先生は照明デザイナーの道に入られて、もうどれくらい経ちますか。

【石井】 
これがなんとですね、もう50年近く照明ばかりやってきました。
いまでこそ皆さんにご理解いただけるようになりましたけど、
最初の頃は照明デザイナーなんて言っても、
なかなか分かってもらえませんでしたね。

【村上】 
そういう言葉が、当時の日本にはまだなかったわけだ。

【石井】 
ええ。ですから、シャンデリアをデザインする人ですかとか、
舞台照明をやる人ですかと、よく言われていました(笑)。
 
私は建築空間の照明から入って、だんだんと範囲が広くなっていくうちに
都市空間の照明を手掛けるようになりましたけど、
私の仕事がどういうものかを知ってもらう上で、
一番分かりやすかったのは東京タワーでしょうね。
 
あまり人気のなかった東京タワーを平成元年に照明して以来、
すっかり人気スポットになりました。
東京タワーの照明が照明の効果を証明したと言われましたし、
実際のところ、東京タワーの夜景が見えるというだけで
すぐにマンションの借り手や買い手が現れるようになって、
港区内の地価がかなり上がったんですよ。

【村上】 
それはすごいな。

【石井】 
当時は東京タワー現象なんて呼ばれましたけど、
これがきっかけで夜景に価値があるということが、
やっと皆さんにも分かっていただけたと思います。

おかげさまで、その後はレインボーブリッジをはじめ
瀬戸大橋、明石海峡大橋など、当時盛んにつくられていた
大型橋梁の照明をほとんどやらせていただきました。
いま改めて数えてみると、だいたい30橋くらいですね。
 
それと夜景に関してもう一つ言えることは、
夜景を綺麗にすると、
その地域一帯における経済的波及効果が11倍にもなるんですよ。

【村上】 
それは大きいな。

【石井】 
夜景が綺麗になれば、その付近に一泊する観光客が増える。
一泊すれば、当然晩ご飯を食べて、お酒も飲む。
散歩に出たついでにお土産も買うし、翌日は朝食も食べるでしょう。

そうしたことが積み重なって、
それだけの数字になるということが地方都市でも
随分認識されるようになって、例えば市長選挙の時に候補者が公約の一つに、
夜景を整備して観光客を増やしますとおっしゃる方も出てきましたね。

【村上】 
どういった都市でお仕事をされてきたのですか。

【石井】 
例えば倉敷市や函館市、長崎市など日本各地でやらせていただきました。
お話をいただいたら、まずは夜景調査をして
闇の中に埋もれているお宝を探し出し、次に全体の景観照明の
構想を練るわけですが、最初に手掛けたのは横浜市でした。

当初は12か所を選んで照明しましたけど、
いまは50か所くらいに増えまして、非常に夜景が綺麗になりましたね。
 
2017/12/24

女性報道記者のパイオニアで、
現在はニュース番組のキャスターなども務める下川美奈さん。
その下川さんに、報道記者として大切にしてきたことや
情報を入手するコツについてお話しいただきました。

下川 美奈
(日本テレビ放送網報道局社会部副部長解説委員)

──報道記者として大切にされていることは何ですか。

例えば、ニュース会見の場などで当局の方が言えることって、
実は持っている情報の3割ほどなんですね。
その三割を基に私たちは情報を発信しているのですが、
それをただ垂れ流すのではなく、自ら取材して肉づけし、
真相に近づけた形で配信しています。
 
3割しか知らないで3割を伝えるのと、
全容を把握した上で3割をお伝えするのとでは
やっぱり視聴者への伝わり方も違います。

少しでも入手できる情報を百%に近づけることが
報道人としての使命であり、
ある意味記者の腕の見せ所だと思います。

──情報を入手するコツなどはありますか。

情報を持っている方も、顔の見えない人に話したくないでしょうから、
「こいつ信頼できるな」と肌で感じてもらえるような
信頼関係を築けるかだと思います。
そのためには、労を惜しまず足を運ぶ。それが基本です。

刑事の世界でも「現場百度」という言葉があって、
無駄だと思っても100回同じ現場に通うと、
全く違うものが見えてくると言われています。
それって本当に真理で、効率化や合理化も大事ですけど、
根性とか泥臭さもやっぱり必要で、
一見無駄に見えることを重ねた先に得られるものがあるのです。
  
──小さな積み重ねが大事だと。

そうした努力の結果、2006年、33歳の時に
全国で女性初の警視庁キャップを拝命し、
十名のチームを任せていただきました。
ただ、これには仲間の力も大きくて、互いに励まし支え合ってきたことで、
一人では挫けてしまいそうな困難も乗り越えられたと思っています。
ですので私も仲間同士のコミュニケーションや
チームワークは特に重視しています。
 
2009年からは社会部のデスクを拝命し、
事件だけではなく教育や医療など、
社会問題全体に幅広くアンテナを立てるようになりました。
そうしたら、その一年後に部長から
「来月から朝のニュース番組のキャスターをやってもらうことになりました」
と急にメールが来たんです。
 
会社側からすると、現場感がより伝えられて、
一人二役にもなるので人員的にも楽なんですね。
でも私はアナウンサーなんてやったことがなかったんです。
 
2017/12/24
古の名刀を超える技を目指し、人生のすべてを
刀づくりに注ぎ込んできた松田次泰然さん。
その仕事観、人生観に迫りました。

松田 次泰(刀匠)
  ×
數土 文夫(JFEホールディングス特別顧問)

【松田】
僕が何歳まで刀をつくり続けられるかは分かりませんが、
やはり人生も仕事も、大事なことは諦めないということ、それしかないですね。

自分で「これだ」というものを掴むまでは、とにかくもう、やるしかありません。

失敗しても、諦めないでやる。失敗にどれだけ耐えられるかです。

僕は40代の頃、何度も何度も失敗を繰り返しながらも、
夢中で鍛冶場にこもって仕事をしていました。

仕事を終えて鍛冶場を離れるともうフラフラで、
すぐに眠り込んでしまうような生活を続けていたんです。

そういう厳しい仕事と対峙する中で、一つ自分を支える大きな力になったのが、
零戦のエースパイロットだった坂井三郎さんとの出会いでした。

坂井さんが80歳の時に、戦時中はいい刀を持てなかったので、
改めて日本刀をつくりたいとご注文をいただいたんです。

その時に伺ったお話の中で、特に印象に残ったのが
「二番だったら死んでいる」という言葉でした。

「空中戦の時に少しでも自分の体調が悪かったら死んでいました。
 体調管理できない人から戦死しています。
 自分を律せなかったら、私はいまここにいません」と。

これには身の引き締まる思いがしました。

もし自分のつくった刀が二番の性能だったら、
それを使った人は戦場で命を落としてしまうかもしれない。

刀がそういう緊張感を伴ったものであることは、
それまで頭では分かっていましたが、坂井さんのお話を伺って、
実感として胸に迫ってきたのです。

【數土】
非常に示唆に富んだお話ですね。
 
2017/12/21

バナースペース

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