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「心」の大切さ 山岸一雄 (東池袋大勝軒・初代店主 東池袋・大勝軒、昭和36年の創業以来、 多くのお客様に愛され、 日本で初めて「つけ麺」を販売したことでも知られる当店は、 平成19年3月20日、最後の営業日を迎えました。 閉店を知るや、11時から15時までの営業時間めがけて 全国からお客様が殺到し、当日までの数週間は 泊まり込みで並ばれる方もいたほどです。 閉店当日、ヘリコプター3機を含むマスコミが取材に殺到し、 店先には500人近くのお客様が長蛇の列をつくっています。 その光景を見た私は、何とも言い表せない思いが込み上げてきました。 妻と二人、裸一貫で始めた小さなラーメン屋が、 いまやこんなに多くのお客様に愛される店になったのだ。 しかし、それは決して平坦な道のりではありませんでした。 55年に及ぶラーメン人生を振り返ると、 2つの大きな試練があったのです。 幼い頃から慕っていた従兄弟に誘われ、 ラーメン職人への道を歩み始めたのは17歳の時です。 下積み時代はとにかくがむしゃらに働きました。 休みは1か月に1回、睡眠は平均3時間という生活でしたが、 それを辛いと思ったことはありません。 自分にはこの仕事しかないと覚悟を決め、 不平不満を言わず、人一倍努力しようと心に秘めて 修業に励んできました。 そして修業から10年目の昭和36年、 従兄弟の許しを得て27歳で独立。 これが東池袋大勝軒の始まりです。 店は日を追うごとに繁盛していきましたが、 私には一つの不安がありました。 独立前から感じていた両足の痛みが悪化し、 見ると長靴も履けないほどパンパンに腫れ上がっていたのです。 長時間の立ち仕事が原因の静脈瘤でした。 すぐに手術をし、リハビリを開始しましたが、 その間3か月の休業を余儀なくされました。 これが一つ目の試練です。 病弱な妻は 「これからは私が先頭に立ってやるからね」 と、麺上げなどの力仕事を引き受けてくれました。 その気丈な姿を見るたびに胸が引き裂かれる思いでしたが、 妻とお客様の笑顔を支えに、痛みに耐えて厨房に立ち続けました。 しかし、そんな綱渡りのような生活を奪う、 二つ目の試練が訪れました。 妻が末期の胃がんに侵されていたのです。 病名が分かった時点ですでに手遅れでした。 「老後は二人で楽しくやろう」 を合言葉にここまでやってきたのに、 一体どうして……。 告知から1か月後、妻を失った私は 生きる気力を完全に失いました。 店は、妻の病気が発覚してからずっと休業していました。 7か月がたち、何をしても妻との思い出が甦り、 店をたたもうと決意した日のことです。 身辺整理のために店に出向くと、 「しばらく休みます」 とカレンダーの裏に書いた貼り紙に、 お客様からの激励のメッセージがびっしりと書き込まれていたのです。 数えると39個もありました。 「早く元気になっておいしいラーメンを食べさせてください」 「楽しみに待っています」 「再開はいつですか」 思い返せば、ラーメンブームに乗って他店が派手な宣伝を始めた時も、 私たちはコツコツと味の研究を重ね、口コミで評判を呼んでいきました。 気づかぬうちに、こんなにも多くの方々が 私のラーメンを待っていてくれたんだ。 ここでもう一度頑張ってみよう。 その後、私はこれまで以上にラーメン一本で生きていくことを 決意しました。 炒飯などご飯もののメニューをやめ、体調を考慮し営業時間を短縮。 店に寝泊まりしてラーメン作りに全精力を注ぎました。 短時間で集中的に営業するため、妻の死を機に 初めて弟子を受け入れたのもこの頃です。 それはいわば53歳からの再出発でした。 ラーメンに限らず、一流の職人は皆 「ものづくりは心が入っていないとだめだ」 と口を揃えます。 同じように、私がラーメン作りで最も大切だと思っているのは、 素材やお客様への感謝の心です。 これまで弟子たちには、この「心」の大切さについて 繰り返し言い聞かせてきました。 その原点となっているのは、幼い頃に国民学校で受けた 修身」教育です。 そこでは周囲の環境に感謝し、礼儀を重んじること。 そして年長者を敬い、人の見ていない所でも手を抜かず、 どんな時も努力を積み重ねることの大切さを学びました。 ラーメン作りにおいて、今日までその姿勢を 貫いてきたことが、大勝軒がお客様に飽きられず、 行列の絶えない店であり続けられた理由かもしれません。 一度は閉めた当店も、再開を望む多くのご要望が寄せられ、 昨年リニューアルオープンを迎えることができました。 店は弟子に任せていますが、74歳のいまでも 毎朝スープの味を確認し、店先に座ってお客様をお出迎えしています。 現在、全国に130人を超える弟子たちが活躍していますが、 彼らが独立する時、私はよく「人生の試練に打ち勝て」 と色紙に書いて贈ります。 開業後、遅かれ早かれぶつかる様々な試練を乗り越えるためには、 困難に打ち勝つ心が必要です。 我が子のような弟子たちには、 仕事を通じてどんな試練にも負けない強い心を養ってほしい。 そう願ってやみません。 |
2015.04.18 |
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