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ソクラテス問題 荻野 弘之(上智大学教授) ソクラテスは書物を残しませんでした。 つまり私たちがソクラテスに ついて知っていることは、 彼について書き残した弟子や 人々の書物などを通じた 間接的な証言に他なりません。 ところが、不思議なことに、 弟子たちを含め、ソクラテスに 関する証言は人によって 全くばらばらなのです。 例えば、 ソクラテスとほぼ同年輩であり、 ギリシア最大の喜劇作家であった アリストパネスは、喜劇『雲』の中で、 ソクラテスを奇妙な人物として 登場させています。 その一方、 直弟子の軍人クセノポンは、 師を非常に謹厳な人格者 として描き出しました。 また、もう一人の 直弟子であるプラトンは、 ソクラテスを「知者(sophos)」ではなく、 知を愛してやまない 「愛知者(philosophos)」と呼び、 ここから「哲学」という 言葉が生まれました。 プラトンは、 師を「哲学者の原型」 として描いたのです。 同時代を生きた弟子たちにとっても、 三者三様の姿で現れる 謎の人・ソクラテス。 これは「ソクラテス問題」 と言われますが、 もしソクラテスが現代に 現れたとしても、その評価は 全く分裂してしまうでしょう。 ソクラテスとは、接した誰もが 自分の姿を投影してしまう、 いわば鏡のような存在 ではないかと私は考えています。 とはいえ、弟子たちが ソクラテスの言動を 記録した書物が後世に伝わり、 大きな影響を与えたこと は間違いありません。 ソクラテスの死後、 プラトンが建てた 学園アカデメイアからは、 アリストテレスら大学者が多数輩出し、 アリストテレスもまた、 学園リュケイオンを建てて 後進の育成に取り組むなど、 今日まで受け継がれる 西洋哲学の主流を形づくりました。 その点では、弟子がいなければ ソクラテスもいなかったと言えます。 |
2017,06,22 |
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