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      次代に輝く住まいを創る

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一語履歴WORD vol.078b

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一語履歴 vol.080
神様は... 080a失敗と躓き... 080b自分の... 080c働きづめの両陛下...
一語履歴 vol.079
どんな病でも... 079a毎日が小さな修業 079b劇的組織改革...
一語履歴 vol.078
弱点を... 078a疲れて... 078b人づくり... 078c次代は... 078d国際交渉 ...
一語履歴 vol.077
小さな実践... 077a自らに... 077b君子の条件 077c幸せは遠くに...
一語履歴 vol.076
褒め方 076a人生の... 076b知恵の出る... 076cヒット商品を生む秘訣
一語履歴 vol.075
一流の人物... 075a一流選手は... 075b引いたり... 075c朝30秒...
一語履歴 vol.074
結果を出す人 074aなぜこう... 074bあと3年... 074cできないこと...
一語履歴 vol.073
歴史に学ぶ 073a人から... 073b人生は... 073c成功の反対 073d家庭論...
一語履歴 vol.072
恋愛型競争 072a何のために... 072b未来を載せて...
一語履歴 vol.071
学ぶこと... 071a苦しみの... 071b沖縄県と長野県に...
疲れているようでは 本当の一所懸命ではない
           金原まさ子(102歳の俳家)

ありふれた日常を、 瑞々しく、鋭い感性で紡ぎ出す
102歳の女性俳人、金原まさ子さん。

――何か、よい俳句をつくる秘訣などが
  あれば教えてください。

それは、すべてのことに一所懸命になるっていう、
そのことに当てはまるのではないでしょうか。

私は俳句を始めてから時間の許す限り、
昔から現代までの高名な俳人の句や評伝を読み、
俳句総合誌も月に5、6冊は読んでいました。
一心でした。

生きることでも、人を愛することでも、
仕事をすることでも、自分の命を続けていくことでも、
そのために一所懸命になる、ということ。

で、そうなったなら疲れませんのよ。
一所懸命にしているのに疲れる。
それは本当の一所懸命じゃないですよねぇ。

――そういう生き方の姿勢が、
  俳句にも表れてくるのですね。

そう思います。
そのくせ、私は「頑張れ」なんて無闇には言えません。
ましてや、若くして重い病気になったりした人に。

末期がんの患者さんが入る病院がありますが、
私、あそこへ行った時に、
何が言えるのだろうかと思っています。

「頑張ろう」って励まされて喜ぶ方もいますよ。
だけどその反対に「一緒に苦しもうよ。泣こうよ」って言われて、
安らぐ人もあると思います。

私ね、人間と人間との間で、
思いやり以上に大切なものが他にあるだろうかって思うのです。
相手の気持ちが分かるということ。
それが最高のことじゃないかなぁって。

――いつ、そのように思われたのですか。

私が五十歳くらいの時、主人に、
他の女性のところへ5年ほど
行かれてしまったことがあるんですけど、
私、相手の女の人を恨みませんでした。

主人は自分の意思で
その人のところへ行ったのであって、
「奪われ」るなどということはあり得ないのです。
恨むなら主人だけ(笑)。
そう思うことで平らかな気持ちになれました。

私、本を読んで、いいなと思う言葉や文章に出合うと
ノートに書き写すことをしているんですが、
その中に、フランシス・ベーコン
という哲学者のこんな言葉があるんです。

「神を拒む者は人間としての高潔さを失う。
 なぜなら人間は疑いなく
 その肉体によって野獣と同族である。
 そしてもし人間が精神によって
 神に似ていないとしたら、
 卑しく下劣な生き物になる」

私、本当にそう思います。
人間も他の動物たちと同じく、
起きて、食べて、生殖して、死ぬ。

ただ人間の脳は非常に発達しているから、
これをでき得る限りよいことのために
使わなくちゃいけないと。

サミュエル・ウルマンは

「青春とは
 人生のある期間をいうのではなく、
 心の様相をいう」

と詩に綴っていますが、
本当にそのとおりですね。

だから私はいまも、これからも、
ずっとずっと青春を生きていきたい
と思っています。
 
2013.12.09
人づくりこそ国づくりへの道   下村博文(文部科学大臣)
                渡部昇一(上智大学名誉教授)

日本   83・7%
アメリカ 52・8%
中国   39・2%
韓国   31・9%

これは(財)日本青少年研究所が 2012年4月に行った意識調査で、
「自分はダメな人間だと思うことがある」という設問に対して
「よくあてはまる」「まああてはまる」と答えた高校生の国別の割合です。

これは、日本の青少年の自己肯定感がいかに低いか、 ということです。

渡部 下村大臣がこれまでの風潮に流されずに、
   教育によって日本を立て直そうとされているのは
   頼もしい限りですが、
   そういうご自身を育んだものはなんですか。

下村 小学校、中学校と、その時々に
   何人もの素晴らしい先生方から受けた感化によって、
   いまの自分が育まれたと思っています。

ただ、その先生方にしていただいたことは、
いまのような平等主義教育の中では
為されなかったことかもしれません。

私は9歳の時に父を交通事故で亡くし、
極貧の家庭に育ちました。
いまでもよく覚えていますが、
1つの卵を下の2人の弟たちと分け合って
ご飯にかけて食べていたこともあります。

そんな私に対して、
例えば小学校5年生の時の先生は、
家庭科の授業で裁縫道具を買わなければならなくなった時に、
「お母さんも忙しいだろうから」と、
こっそり裁縫道具を私につくってくれました。
そういう先生が何人もいて
私に温かい手を差し伸べてくださったのです。

いまなら特定の生徒を贔屓したと
非難を受けるかもしれません。

しかし、そういう先生方の思いを裏切ってはならない、
一所懸命頑張らなければと心が奮い立ったのは事実ですし、
その思いが教育によって
日本を立て直すという私の志の原点になっているように思います。

渡部先生は、ご自身を育んだものはなんだと思われますか。

渡部 当時講談社の発刊していた
   『幼年倶楽部』『少年倶楽部』『キング』といった
   雑誌を夢中で読み、感化を受けて育ったと思います。

当時の講談社というのは、
徳富蘇峰が「私設文部省」と讃えたほどに
良識に富んだ出版物を多数発刊していました。

いまで言えばまさしく『致知』が
その「私設文部省」の働きをしていると思いますが、
そこにあるのは新井白石でもニュートンでも、
国内外を問わず偉い人はみんな取り上げる、
冒頭にも触れた「いいとこ取り」の精神でした。

ですからそれらを読んで育った私もいつの間にか、
国籍や立場で人を判断することなく、
偉い人は偉いと素直に受けとめるようになったんです。

渡部 いま振り返って、ああいうのが子供の頃
   受けた感化だったなと思うのは、
   私は上京して大学に入ってから、
   日記を家に送っていたんです。

終戦直後でろくに食べ物もない時期でしたから、
田舎の家族を心配させてはならないと思ったんです。

ところが去年たまたま昔の『キング』の付録を読み返したら、
スペインのチェロ奏者・カザルスの話が載っていましてね。

彼は貧しい家の出身で、
パリに出て苦学していた時期に
母親を心配させないために日記を書いて
送り続けていたそうなんです。

私はきっとこれを若い頃読んだに違いない。
自分ではそのことを全く忘れていたけれども
実行していたんですね。

だから子供の頃からいい話を
見聞きすることはとても大事だと思うんです。

下村 私も子供の頃、偉人伝を貪り読みましたが、
   それは父が亡くなり母子家庭になってから、
   世の中の掌を返したような冷たさというのを凄く味わったからなんです。

父が亡くなった時、母は32歳で、
小学3年生だった私の弟はまだ5歳と1歳でした。

とても生活していけないので、
群馬県で農業を営んでいた母の実家に
身を寄せてなんとか糊口を凌いでいたんですが、
世間の厳しさの中で人の愛情を渇望していましたし、
生きることに対して子供心に悩んだり苦しんだりしていました。

その時に学校の図書館で読んだ偉人伝が、
乾いた砂に水が染み込むように心に染みたんです。

苦労しているのは自分だけじゃない、
逆に立派な人こそ子供の頃苦労をしていることに励まされ、
貪るように本を読むようになったんです。
 
2013.12.09
弱点を武器に水族館に奇跡を起こす
         中村 元(水族館プロデューサー)

集客に苦しむ山奥の水族館を
僅か1年で来館者数30万人に飛躍させるなど、
各地の水族館を次々と再生させている中村元氏。

厳しい条件の下、事態を打開する適切な手を
打ち続けることができるのはなぜか。

常識を常に疑っているんです。
みんながそうだと言っていることは、
本当にそうだろうかと、その奥を考えたくなる。

ですから結構理屈っぽいですね。
理屈っぽいというのは凄く大切で、
自分の哲学をつくります。

絶対にこうなんだって自信を持って
言い切らなければならないプロデューサーは、
しっかりした自分の哲学を
持っていなければなりません。

こちらの企画に皆が戸惑うようなことがあっても、
ちゃんと説得しなくてはいけませんから。

――各館とも厳しい条件の中で、
  再生を実現していくのは至難の業です。

僕は逆境であればあるほど頭が働くんです。
お金はいくらでもあるから
自由に考えてくださいって言われると、
逆に考えられなくなる。

だけど逆境では道は限られているから
見つけやすいじゃないですか。
ですから僕は、わりに順境の時でも
断崖ギリギリまで行くことにしているんです。

絶壁でこそ力が出るし、
そんなギリギリのところに優秀な人は来ませんから、
僕の力でも勝てる。
そこにやっぱり進化の道があるんですね。

――逆境に進化の道がある。

生物が進化するのは、
存亡の瀬戸際に追い込まれた時です。
キリンの首が長くなったのも、
シマウマに餌を奪られてしまうからでしょう。
大きな進化ってギリギリのところにあるんですよ。

山の水族館の前に手掛けた
東京池袋のサンシャイン水族館は、
海から遠く、都会の高層ビルの上にあるために
大量の水が使えない。
敷地の半分が屋上にあって
屋根がつくれない。

夏は設置した椅子が座れないくらい熱くなるし、
冬は逆に寒過ぎ、
来館者数は年間七十万人に落ち込んでいました。

そこで僕は、屋上を緑化して庭園にしました。
屋上緑化で有名な玉川高島屋を調べて、
最悪の環境を「天空のオアシス」というコンセプトに転換し、
オープン1年で来館者数224万人を記録しました。

大事なことは、
自分のダメなところを直視する
ことだと思います。

弱点を克服しようと思わずに、
武器にすることを考えていくと、
道は開けると思います。
 
2013.12.04

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