過去の一語履歴を見ることが出来ます。
適材適所 小早川隆景と武田信玄 童門 冬二(作家) 三戸岡 道夫(作家) 【三戸岡】 童門先生は長い間、歴史小説を書かれてきて、 いまどのような人物や逸話が心に響きますか。 【童門】 毛利元就の倅の小早川隆景は大変好きな武将の一人ですが、 その隆景が「すぐに分かったという人間に分かった例がない」 と言っているんです。上から命じられたことを 「分かりました」とただ犬のように従う部下は やっぱり駄目なんですよ。命令には理不尽なものもありますから、 力を持っている部下であればきちんと聞き返して、 合意をしながら話を纏めていくことが求められます。 またそのことを上も心掛けなきゃいけない。 都庁時代にも「ああ分かった、分かった」 といい加減な返事をする上司がいましたが、 そういう人間には隆景の言葉を使って苦言を呈したりもしました。 【三戸岡】 それは現代にも通じる大切なことですね。 【童門】 隆景にはこういう話もあります。 武将が書いたとされる文章はだいたい口述で、 その多くは書記が書いたものなんです。 武将は最後に花押というサインだけをするものですが、 ある時、急ぎの文章を作成していた部下が慌てて筆が震え、 墨がポタポタと落ちるのを見た隆景は 「急ぐことほど落ち着いて書け」と諭します。 口述を書き留めているわけですから、 逆に言えば「急ぐことほど、ゆっくりと話せ」 と自分自身への戒めでもあったわけです。 これら隆景のいくつかの言葉は、 私自身に向けての戒めにもなっています。 もう一つ挙げれば、武田信玄の人間を見る視点ですね。 信玄は子供たちに軍談を聞かせるのが好きで、 その時の反応を見るんです。そうすると四通りに分かれる。 一人は話の内容に驚いて口を開けっ放しにして聞いている。 二人目は信玄の顔を見ないで肩の辺りに視線を据えて聞いている。 三人目は信玄の顔を見て、時々「ごもっともです」と頷いている。 四人目は話の途中に「ちょっと厠に行ってまいります」 と言って席を立っていなくなってしまう。 最初の子供は肝が小さくて話に圧倒されるタイプ、 三人目は相手に気を取られて話の中身に意識が向いていないタイプ。 四人目は自分にも思い当たるフシが あっていたたまれなくなるタイプ。 それで信玄は一番頼りになるのは二人目の肩の辺りに 視線を据えて聞いているタイプだと考えるんです。 【三戸岡】 なるほど。 【童門】 ただ、信玄が偉かったのは、四つのタイプをそれぞれに 見合う使い方をしていることです。いわゆる適材適所ですね。 臆病者として知られる岩間大蔵左衛門は 合戦に行くのが絶対に嫌だった。馬に乗せても自分から落ちちゃう。 そこで信玄は拠点である躑躅ヶ崎館の留守番を命じるんです。 信玄が合戦から帰ると、館中がピカピカに磨かれていて 「どんな人間にも使い道がある」と思ったと いわれていますが、これもなかなかいい話だと思います。 |
2018.09.28 |
〒979-0154
福島県いわき市沼部町鹿野43
Mail infous@kushida-web.com
TEL 0246-65-2311
FAX 0246-65-2313
定休日:土曜日・日曜日