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一句に込められた深い思い 横田南嶺氏(鎌倉円覚寺管長) 今夏は戦後70年という節目にあたる。 先の大戦についても様々に振り返られるであろう。 恩師の松原泰道先生は、 戦後しばらく巣鴨プリズンに通って、 戦犯の方々に法話をなさっていた。 先生は自ら僧侶である為に、 政治的な事柄について 発言されるのを控えていられたが、 巣鴨プリズンでのことを話される時には、 「不当」としかいいようの無い理由で囚われた人や、 誤審で処刑された人も数多くいて、 憤りの思いを抑えがたく、穏やかな先生には珍しく 語気強く語られていたことを思い出す。 与えられた法話の時間はわずか五分、 しかも米軍の憲兵が同時通訳で聞いていて、 少しでも連合国の批判でもしようものなら 即座に中止されるというものだったらしい。 話を聞く方も命がけだし、 話す方も命がけで、あんなに真剣な、 あれほど大変な法話は無かったと語られていた。 そんな限られた時間の中、 先生は正岡子規の 「鈴虫よ鳴け 籠(かご)の月 籠の露」 という一句にすべての思いを託して話された。 翻訳されても深い意味までは 伝わるまいと思われたのだ。 この句の 「鈴虫は何も悪いことをしていないのに 小さな籠に閉じ込められている。 しかしその狭い籠にもお月様の光はさしてくるし、 葉におりる露も見ることができる」 という意味に 「あなた方もこんな裁判によって、 今竹籠ならぬ鉄格子の中に閉じ込められている。 しかしあの鈴虫が、狭い竹籠の中でも 月の光の中を精一杯鳴いているように、 こんな逆境の中でも どうか全力を込めて生きて下さい」 という万感の思いを託されたのだ。 短い一句に深い思いが込められている。 |
2015.08.17 |
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