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中村天風先生 森田 浩一郎(元日本医師会常務理事) 哲人と仰がれ、多くの政治家や経済人、 文化人が師事した中村天風先生。 その最期を看取った医師・森田浩一郎様。 こんな人がいるのか―― 最初に天風先生にお会いした時の気持ちはこの一語に尽きます。 あの気持ちをどう表現すればいいのか。 拙い筆力では術を知りません。 ある夏の修練会に参加した時でした。 天風先生が一羽の鶏を持ってきて気合をかけました。 すると、暴れていた鶏が麻酔でも打たれたように ピクリとも動かなくなってしまいました。 そして、ふたたび先生が気合を入れると、 何事もなかったようにヒョコヒョコ歩き出したのです。 この現象は医学ではどうにも説明がつきません。 私はその鶏を譲り受け、家でいろいろと実験しました。 しかし、どんな気合の入れ方をしても、鶏はバタバタ暴れるばかり。 業を煮やした私はその鶏を食べてしまいました。 こんな調子の私です。 先生には目が離せない感じがしたのでしょう。 本当に可愛がっていただきました。 ご家族に入って食事をするのは毎度のことで、 何かといえば「森田」「森田」とお呼びになり、 私も先生にお仕えすると何か嬉しく、 生き生きした気分がふくらむのでした。 さて、話は一気に昭和43年に飛びます。 その12月1日、天風先生は93歳でお亡くなりになりました。 ご臨終の枕頭にはご家族や 天風会会長など7、8人が並んでいました。 私もその中の一人でした。 先生は肺ガンでした。 肺ガンの末期は激痛に呼吸困難が伴い、大変苦しみます。 麻酔薬の投与なしに耐えられるものではありません。 だが、麻酔薬を拒否し自宅での自然な死を選ばれた先生は、 「痛い」とも「苦しい」とも一言も洩らされず、穏やかな表情でした。 私はそこに先生が説かれた心身統一法が具現されているのを見ました。 苦しくないはずがありません。痛くないわけがありません。 だが、心と体は一つととらえる先生は、 強い精神力で肉体の苦痛を乗り越えているのです。 それでもやがて、先生のお顔は歪みました。 痰が詰まって呼吸ができないのです。 吸引器で痰を吸い取りますが、 末期は痰の濃度が増して気管にからみ、 膿も滲出して吸引器が利かなくなります。 苦しみに歪む先生の表情に、 突然私は激情がこみ上げ、押し流されました。 夢中でした。私はガバッと先生のお顔に伏せ、 マウス・トゥー・マウスで痰を吸い取りました。 スルッと痰は取れました。 「森田、楽になったよ」 先生は穏やかな表情に戻られました。 「みんな、ありがとう」 その言葉を最期に笑みを浮かべて天風先生が息を引き取られたのは、 それから30分ほどのちでした。 あんなに美しい最期を私は見たことがありません。 いつも医者は冷静でなければなりません。 激情に駆られるなどもってのほかです。 だが、先生の最期に痰を吸い取らせたあの激情は、 心と体は一つという先生の教えが私の中にしみ込んでいた表れでした。 それは私にとって嬉しいことでした。 あれから38年。 それは私にとって、心と体を一つととらえる先生の教えを 医療の上に実践する日々でした。 そして、先生の教えを追いかける中で思うのは、 精神を常に前向きにと心がけることによって、 心身共に充実した積極人生を歩むことができたという実感です。 最後の最後まで心身統一の積極人生を貫き、 あの美しい最期を迎えられた天風先生の、 せめて半分の境地に達したいものだ。それがいまの私の願いです。 |
2017.10.26 |
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