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      次代に輝く住まいを創る

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一語履歴WORD vol.036a

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人の世に変わらぬものは... 031a学級崩壊...最も大事なこと...
   
[天に一番近い大地チベット]

                 チベット声楽家 バイマーヤンジン

チベット人が今、大阪に二人、東京には約50人くらいおります。中国の音楽大
学に留学生として来ていた、チベットが大好きな日本人の主人と縁あって、結婚
して日本に来てから、丁度11年になります。チベットはヒマラヤ山脈の麓で、
標高は4200メーターで、富士山の3776メーターより高いところです。
一日に四季があるといってもおかしくないと思うのです。日中は半袖シャツで過
ごせていても、日が暮れたら真夏の8月で5、6度になるのです。今日は基本的
なチベットの文化について、どこにあるかということについて、お話ししたいと
思います。

私が「チベットから来ました」と言うと、「へえ、どのへんですか?モンゴルで
すか?」とよく聞かれます。なんで、チベットと言ってるのに、モンゴルと言わ
れるのか、とても驚きました。

こうやって民族衣装を着ていたら、外国人と見られますが、普通の服を着ていた
ら、日本人とそっくりと言われます。もっとも、言葉はまだ完全ではありませんが。

先日、日本の田舎に旅行した時ですが、とても人情味豊かで、親切な人達ばかり
でした。いろいろと話しているうちに「ここはとても辺鄙なところにあって、交
通の便が悪くて、冬はとても寒くて、何にもなくて、日本のチベットと言われて
ます」と言われて、びっくりしました。ああ、チベットというと、何も無いとこ
ろというイメージしかないのだなと思いました。本当にびっくりしました。

実はチベットは決してそんなに何もないところではありません。中国のチベット
地区で、そのほかの青海省や、甘寧省と、四川省の一部、雲南省の一部で、面積
は日本の6倍くらいです。
それに引き換えて人口は僅か600万人で、人口密度は、日本は一平方キロ当た
り、333人ですが、チベットでは2人から3人です。ですから土地が安いので
ので、家を建てるのでしたら、どうぞチベットに来て下さい。
文字は漢字ではなく、7世紀からサンスクリット語からの文字を持っています。
中国には56民族があるのですが、チベットには自分達の言葉を持っています。
「こんにちは」は「ジャシーデレ」、「有難う」は「トチエナン」と言い、数を
勘定するのは、非常に日本語と似ています。

よく似ている点はありますが、文化としてはやはり、違っている点はあります。
先だって、私の親がかなり身体の状態が悪いという連絡があって、主人と二人で
チベットの実家に行くことになりました。
成田から、上海まで飛び、更にそこから、四川省の成都に飛び、今度はバスで順
調にいったら二日間で着きます。
主人に大丈夫と聞きましたら、「僕は空手をやっているから、自信がある。心配
しないでくれ」というので、一緒に行きました。

ところが、彼の考えていたバスは、日本の高速バスだったのです。ところがチベ
ットのバスは違うのです。窓ガラスはほとんど割れてます。トイレも勿論ありま
せん。一人では駄目で何人かが一斉に要求したら停まってくれるのです。通路に
荷物を置いて、尚、その荷物の上に人が座るという状態です。

やっと着いたのですが、その翌日、主人の顔色が紫色になって、毛穴も少し開い
ているのです。そして胸苦しい、息ができないと言うのです。吐き気がする。す
ぐ病院に行き、診てもらったところが、高山病でした。
富士山は3776メートルですが、チベットは「天に一番近い大地チベット」と
言われるように世界の屋根みたいなもので、標高が4200メートルだから、酸
欠状態に近いわけです。三日間、酸素吸入や点滴をして、大変でした。親が危篤
だからと見舞いに行ったのですが、反対にその親が、杖を突きながら、お見舞い
に来てくれました。

今までの生活環境によって違うと思うのですが、主人が「とても寒い、寒い」と
ブルブル震えているのです。私としては1月で冬だから寒いのは当たり前だと思
っていたのですが、何しろ、天気予報の無い所ですし、機械も無いところです。
そこへ主人が温度計を持ってきてたので、計ってみたら、-26.2 度でした。やや
暖かいなという日で、 -20度でした。そこで、早速チベット風の暖かい服装を主
人に着せました。チベットでは、その厳しい自然に対して戦っているのです。
それに引き換え、格段に暖かい日本で、暖房したり、コタツにはいったり、懐炉
まえ使っているのが、私にとっては不思議に思えるくらいです。
恐らく皆さんも、一週間くらいチベットに行ってみたら、感覚が変わると思いま
す。そこに10日間いたわけです。食べ物は日本でいう麦焦がしが主食です。朝
からバターが入ったお茶、いわゆるバターティを飲むのですが、40近い主人は
かなり参ったようでした。

日本の空港に近づいたとたんに、窓から、外を眺めて、
「ああ、着いた、着いた。やっと日本に帰ってきたぞ」と大喜びでした。そして
主人はすっかり元気になり、今までフラフラしてたのが、サッサと歩いて、家に
帰ったらすぐシャワーをジャンジャン浴びて、
「ああー、いい気持ちだ」と大ハシャギでした。何しろ、10日間風呂に入って
ませんでしたから、ムリも無いと思いました。
味噌汁をのみ、ご飯を食べて、
「おいしい、おいしい。これが日本の味だ。それに冬でも野菜ができるし」と言
って、何杯もお代わりをするのです。途中から私には嫌味に聞こえました。でも
考えてみたら、私の故郷に10日間いただけで日本の良さに気づいてくれて、良
かったと思っています。皆さんも、もし日本が嫌になったらチベットに来てみて
下さい。

父母、祖父母、その又ずっと遡った祖先のおかげと、チベットの大地のおかげで
必死になって生きてきたからこそ、たとえ麦焦がしを食べてもこうやって、人並
み以上に大きく育ち、川の水、井戸水や牛のミルクを飲み、手も大きいし、何一
つ損した覚えはありません。
親のおかげで教育も受けることができて、結婚もできた。そして日本に来てから
11年経ちましたが、日本もよかったが、チベットもよかったと思っている。
故郷を離れて初めて良さがわかった。日本もこんなに豊かで良いところなのに、
文句を言い、若いのに自殺をするのは許せない気がします。ご先祖様が泣いてい
ると思います。
神様に感謝してこれからもチベットと、日本のよさを感謝しつつ、お互いに見詰
め合って生活をアップしていきたいと思います。
 
2013.05.07

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