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      次代に輝く住まいを創る

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〒971-8134 福島県いわき市鹿島町飯田字八合22

一語履歴WORD vol.188

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長く発展する会社の条件...
一語履歴 vol.181
師に遇うも覚らず...
あるスポーツ選手と
そのお母さんの実話。

そこには、人間の生きる意味が
シンプルに描かれています。

「人間というものは、
 何か人のために
 尽くすことによって、
 大いなる力を得ていく
 ものなのでしょう」

◆ 思いやりの心が人を生かす ◆

横田 南嶺(鎌倉円覚寺館長)

とりわけ印象深いのが、
盛岡で農業をされている
あるご婦人から毎年届く新米です。

ご婦人とは5、6年前、
円覚寺の坐禅会に参加して
くださったのがご縁でした。

日帰りの会ならともかく、
泊まり込みの坐禅会となると
なかなか修行も厳しく、
女性の参加は珍しいので
何かご事情でもあるのかと思い、
ある時お話をお聞きしたのです。

ご婦人がおっしゃるには、
あるスポーツの選手だった息子さんが
大きな大会で事故を起こして首の骨を折り、
首から下がほとんど動かない
状態になってしまわれた。

絶望した息子さんは、
電動車イスで病院の屋上まで上がり、
飛び降り自殺を図ろうとしたけれども、
体が思うように動かず思い止まったのだと。

しかし、お話を聞いていて驚きました。

その息子さんはそこから大学に復帰し、
さらに一人暮らしを始めたというのです。

ご婦人は

「私はあの子が転んでも
 絶対に起こしてあげないんです」

とおっしゃいました。

体が不自由な子が転べば、
すぐにでも手を差し伸べたいのが
親というものでしょう。

しかし、ご婦人は自分が先に亡くなった時、
息子さんが一人で生きていかなくて
はいけないことを分かっておられたのです。

息子さんにもその思いが伝わったのか、

「自分は母のために生きるんだ。
 自分が暗くなれば、
 お母さんがいつまでも
 辛い思いをしてしまう。
 だから、頑張って生きるんだ」。

そう言っていたそうです。

その言葉のとおり、彼は一所懸命
勉強して運転免許を取得し、
いま地方公務員として
立派に自立しておられます。

ご婦人は私にこう言われました。

「管長さん、私はいろいろ
 苦しんで悲しんで、
 泣くだけ泣きました。
 でも私が子供にできる
 ことはたった一つ。

 一日一日を明るく生きること。
 それだけです。

 もし私が辛い顔をしていたら、
 息子は母が悲しむのは
 自分のせいだと自分を責めてしまう。
 だからこれからも明るく生きていくの」

もし、お二人が自分のこと
ばかりを考えていたら心は
折れていたかもしれません。

しかし、息子さんは母のために生きよう、
ご婦人は息子に辛い思いを
させたくないために明るく生きようと、
それぞれに思いを貫いて生きておられます。

人間というものは、
何か人のために尽くすことによって、
大いなる力を得ていくものなのでしょう。

私は菩提心の発現ともいえる、
この母子の姿からそのことを
教わる思いでした。
 
2016/02/16

松原泰道先生が貫いた誓願

横田南嶺(鎌倉円覚寺管長)

私が禅の道に入るに至った一番のご縁は、
6年前に101歳で亡くなった松原泰道先生との出会いでありました。

中学生の時、泰道先生はラジオで
毎日『法句経』の講義をされており、
分かりやすい明朗な口調に引き込まれて
毎回熱心に聞いておりました。

そのラジオ講義が終了した頃、
たまたま上京する機会があり、
私はぜひお目にかかりたいと
先生にお手紙を書いたのです。

当時泰道先生は、
ご講演や執筆で多忙を極めておられましたが、
一面識もない中学生からの手紙にお返事をくださり、
面会の約束までしてくださったのです。

そして初めてお目にかかった時に書いてくださったのが、

「花が咲いている/

精いっぱい咲いている/

私たちも/

精いっぱい生きよう」

という言葉でした。

これは今日に至る私の人生を貫いてきた言葉でもあり、
将来もしあなたの一生とは
どういうものだったのかと問われたならば、

「中学生の時に泰道先生にお目にかかり、
花のように精いっぱい生きよと言われ、
その言葉どおり精いっぱい生きて死んだ」。

そう答えられるとしたら、
私にとって本望だと思っているほどです。
 
2016/02/12

2010年、国内線と国際線を合わせた
年間旅客数で初めてJALを抜き、
日本一になったANA。

その立役者となったのが、
現在相談役を務める大橋洋治さんです。

大きな夢に心を熱く燃やした
大橋さんの原点に迫る
「二十代をどう生きるのか」。

◆ 失敗のすすめ ◆

大橋洋治(ANAホールディングス相談役)

いろいろ失敗を繰り返していたが、
仕事が面白くないとか
辞めようと思ったことは一度もない。

仕事というのは本来楽しいものであるし、
どんなに大変な仕事であろうとも
そこに意義や価値を見出し、
「面白い」「楽しい」と思って
取り組まなければ何も得られない。

そういうバイタリティを持つことこそ、
人生を豊饒に導く
最たるものではないだろうか。

私が携わっている空の仕事には、
晴天の日のフライトもあれば
雨の日のフライトもある。

それと同じように、
人生の旅路においても、
調子のいい時と逆境の時があるだろう。

一つ壁を乗り越えると、
より大きな壁がまた立ちはだかる。

人生というのは
その繰り返しに他ならない。

ゆえに大事なことは、
失敗を恐れないことである。

いまの若い人たちは私の時代と比べて
とても真面目である半面、大人しく、
リスクを背負って挑戦しようとしない。

つまり、失敗しない人が多いように思う。

私はいま、若い人たちが仕事で
失敗しても全く怒らない。

むしろ、

「もっと失敗しろ」

「それだけしか失敗しないのか。
 そういう人間は信用できない」

と発破を掛ける。

失敗してもいいから、
自分に嘘をつくことなく、
これだと信じたことを
一所懸命やり抜く。

その先に人間としての成長がある──。

これは50年以上にわたる
ビジネス人生を通じての実感である。
 
2016/02/12
独特の道徳授業で
生徒たちからも
人気を誇る服部先生。

◆ 特攻で散った父の思い ◆

服部 剛(横浜市公立中学校教諭)

生徒たちには先人に対する
敬意と感謝の思いも
ぜひ伝えたいと思っています。

そのために取り上げるのが
特攻隊の遺書なんです。

──ああ、重たいテーマですね。

この授業では、

「次の手紙は、あるお父さんが
 娘さんに書いた手紙の冒頭部分です」

と前置きしながら、
最初にそれを読み上げていきます。

「素子、素子は私の顔を
 見てよく笑いましたよ。

 私の腕の中で眠りもしたし、
 またお風呂に入ったこともありました。

 素子が大きくなって
 私のことが知りたい時は、
 お前のお母さん、佳代伯母様に
 私のことをよくお聞きなさい。

 私の写真帳もお前のために
 家に残してあります。

 素子という名前は私がつけたのです。

 素直な心の優しい、思いやりの
 深い人になるようにと思って、
 お父様が考えたのです」

生徒たちには、このお父さんが
どんな人と思うかを自由に発表させた後、
素子さんを抱いている
制服姿の父親の写真を見せます。

その父親は植村眞久さんという
特攻隊員であることを話し、
特攻隊とは何だったかを
説明していきます。

そして、植村さんが
特攻隊員として飛び立つまでの
記録を丹念に辿りながら、
この遺書をどういう思いで
書いたのかを皆に
考えさせていくんです。

──生徒さんはきちんと
  受け止めてくれますか。

授業をやってみて驚いたのは、
否定的な受け止め方をする
生徒はとても少ないことです。

逆に多くの生徒が自分と
それほど年齢の変わらない
若者たちの凜とした生き方に驚き、
普段はやんちゃな生徒までもが
ポロポロと涙を流しながら
聴き入ってくれるんです。

「もっと読みたい。
 遺書はどこに行けば読めますか」

と聞いてくる子も何人もいますね。
 
2016/02/09

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