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無意味と思われる作業に没頭する時間を ベストセラー『バカの壁』で知られる解剖学者の養老孟司氏は 若い頃から会社勤めを選択しなかったといいます。 そして、一人黙々と解剖作業に没頭する中で、 人生の普遍的なテーマに思いを馳せるようになった。 (養老) 私が会社勤めを選択しなかったのは、 全体が見えないと落ち着かないからだ。 敗戦で世の中が百八十度変わる体験をしたこともあり、 会社のような組織に根強い不信感を持っていたし、 自分がどこに立ってどんな役割を 果たしているのかが掴つかみにくい 大きな組織に身を置くのは嫌だった。 その点、解剖のように一人でやる作業はいい。 自分がやらなければ一歩も進まないし、 結果の善し悪しは自分自身が一番よく分かる。 うまくいっても、うまくいかなくても、 すべては自分の責任である。 一人黙々と解剖作業に没頭していると、 この人はいったいどんな人だったのだろう、 どんな道を歩んできたのだろうというところにまで 考えが及んでいく。 自分もいずれはこうなることが自覚され、 ならば生きることにはどんな意味があるのだろうか、 人生の価値とはいったい何だろうかと、 普遍的なテーマに発展していく。 それが貴いのである。 ところがいまは、 手元にあるスマホに間断なく情報が押し寄せてきて、 ものを考えようとしてもすぐに邪魔が入る。 そういう時の人間の頭の中を調べると、 社会脳という部位が活発に働いている。 要は他人と向き合い、 言葉を交わす時の脳の使い方であり、 それが脳のデフォルトモード、 基本設定になっているのである。 私が勧めるのは、 デフォルトではない脳の働きを育てることであり、 その際に有効なのが、 一見無意味に思われる作業に 黙々と没頭する時間を持つことである。 いまは死語となったが、 こうした営みを昔は〝修行〟と呼んだ。 比叡山に伝わる修行の一つに、 千日回峰行というのがある。 千日もの長きにわたり険しい山々を歩き続ける荒行である。 我われ凡人は、 そんなことに命を懸けて何の意味があるのかと思ってしまうが、 満行した僧侶が大阿闍梨として崇め奉られるのは、 そこに一個の作品が出来上がるからであろう。 過酷な行をやり遂げたその人こそが、唯一無二の作品なのである。 |
2022.07.28 |
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