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『武士道』 新渡戸稲造の名著『武士道』から 「人望はいかにして得られるか」 なぜサムライは 「感情を顔に出さない」のか? サムライは、感情を顔に表すことを 「男らしくない」と考えていました。 「喜怒を色に表さず」という言葉は、 偉大な人格についていうときに使われています。 彼らは最も自然な愛情をも、 常に抑制していました。 父親はその威厳を保つためには、 息子を抱き締めることなどできなかった。 プライベートな場所ならともかく、 他人の前で夫が妻にキスするなど、 ありえなかったことです。 機知に富んだある若者が、 「アメリカの夫は、公共の場で妻にキスをして、 私室では妻を殴る。 日本の夫は、公共の場では妻を殴るが、 私室ではキスをする」 といいましたが、この言葉には 真実が含まれているような気がします。 その行動が落ち着いていて、精神が平静であれば、 どんな種類の感情にも乱されることはありません。 思い出すのは、近年の清国との戦争のときです。 ある日本の連隊が町を去るとき、 大勢の見送りの人々が駅へ出向き、 将校や兵士たちに別れを告げました。 その場に一人のアメリカ人滞在者が、見物に訪れます。 彼は、 「人々が大声を上げて熱狂するさまが見られる」 と期待したのです。 国自体が戦争で熱狂していたし、 群集のなかには兵士たちの父母や妻、 また恋人たちも混ざっていました。 外国人であれば、 さぞ盛り上がるだろうと考えるでしょう。 しかしそのアメリカ人は、 結局、がっかりすることになってしまったのです。 なぜなら汽笛が鳴り、列車が動きだすと、 何千人もの人々は静かに帽子を脱ぎ、 うやうやしく頭を下げて、 別れの挨拶をするだけでした。 そこには言葉もなく、あるのは深い沈黙。 注意深く聴くと、小さなすすり泣く声が 聞こえてくる……という程度でした。 家庭においても、これは同じだったのです。 私は一人の父親を知っています。 彼はドアの向こう側に一晩中立ち尽くして、 病気になった我が子の呼吸を、 ずっと聴き続けていました。 そうして、子を思う親の弱い心を、 悟られまいとしていたのです。 また私は、一人の母親を知っています。 彼女は臨終の際、息子に手紙を出して、 それを知らせることを拒みました。 勉学に励む我が子の邪魔に ならないようにしたのです。 我が国の歴史と日常生活は、 プルタークの『英雄列伝』の 最も心を打つページにあるような、 英雄的な母親の話に溢れています。 我が国の農民を見れば、 作家イアン・マクラレンは、 自身が描いたマーゲット・ホウを そのなかに大勢、見出だすことができるでしょう。 |
2022.06.24 |
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