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      次代に輝く住まいを創る

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〒979-0154 福島県いわき市沼部町鹿野43

一語履歴WORD vol.681


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私も命懸けで売らなあかん
私も命懸けで売らなあかん

「尼崎の小さな書店が 起こした大きな奇跡」
        小林由美子(小林書店店長)

「由美子さんより本が好きな本屋さんは
 たくさん知っているけど、
 由美子さんより人が好きな本屋さんは知らない」

私が店長を務める小林書店を描いた映画が
公開された時、出版社の方が
こんなコメントを寄せてくださいました。

当店は、兵庫県尼崎市にある僅か十坪の
小さな本屋です。

駅からは遠い上、新刊や話題書はなかなか手に入らず、
品揃えやスピードでは大手書店にはとても敵いません。
そんな町の書店や私の生き方が、
映画や本のモデルにまでなるというのは
自分でも不思議なことのように思うのです。

両親が小林書店を創業したのは一九五二年、
私はまだ三歳でした。

幼い頃から本は好きだったものの、
年中無休で働く両親を見て
「商売なんて嫌!」と思っていたことを覚えています。

その後、会社員の主人と結婚しましたが、
主人は転勤の辞令をきっかけに会社を辞め、
私と共に店を継ぐ決意をしてくれました。

この決意を後悔させないように生きよう――。
そう誓い店を継いだのは四十二年前。
私は三十一歳、主人は三十四歳の時です。

しかし、実際に店に入ると問題は山積みでした。
売りたい本を注文しても
出版社や取次にはなかなか対応してもらえない上、
銀行や金融公庫に借金はある。

どうしたらよいか頭を悩ませながら、
両親の代から続けてきた本の配達や、
店頭での工夫などできることを
こつこつと積み重ねていました。

そんな時、大手出版社の説明会に行く機会が訪れます。

出版社には「企画もの」と呼ばれ、
特に力を入れて制作する本が年に数冊あります。

編集や営業の担当者、作家さんが来られ、
どんな想いでこの本をつくったのか、
熱を込めて書店に向けて話されるのです。

そこでつくり手の想いに初めて触れ、
「出版社が命懸けでつくったものを、
 私も命懸けで売らなあかん」
と心底思わされました。

また、そうすることが、
出版社や取次との関係を築く
一番よい方法だとも感じました。

話を聞きながら、数か月後に販売される
その料理本の予約をしてくれそうな人を
三十人ほど思い浮かべ、帰り道にお宅を回り、
さっそく注文を取り始めたのです。

最終的に四十人ものお客さんから
予約をいただくことができました。

これは小さな書店では異例の実績で、
出版社や取次の方は大変驚かれ、
当店が注目されるきっかけにもなりました。

そして、その次もその次も
ハウツー本から高額な美術書まで
「企画もの」の予約販売で実績を残すことで、
その年の実績上位店が招待される
出版社の感謝会にまで呼んでいただけるようになったのです。

ある時ふと、どうしてまだ影も形もない本を
お客さんは予約してくれるのかと考えました。

その時に、出版社への信用はもちろん、
この場所で三十年、真面目に商売を続けてきた
両親への信用があるからだと思い至ったのです。

店を守ってきた父親は九十六歳で亡くなりました。

息を引き取る四日前、
すでに意識朦朧としていたはずが、
突然目をかっと見開きこう叫んだのです。

「日販(取次会社)への支払い、
 ちゃんとできてるか!」

と。お父ちゃん大丈夫やで、大丈夫やで……、
ちゃんとできてるよ。そう答える私に、
「そうか、できてるか」と安心した表情を見せて
父はこの世を旅立ちました。

父はどんな思いでこの店を守ってきたのか。
両親が一所懸命に守ってきたこの信用を、
自分が壊したら申し訳ない。
その一心で主人と共に四十年の道のりを歩いてきました。


これまで直面した困難は数えるときりがありません。
阪神・淡路大震災では店が半壊し、
八百万円もの修理代が必要になりました。

何とか集めたお金で店を修理したものの経営は悪化。

店を立て直すために始めたのが傘の販売です。

ある雑誌で見かけたメーカーの社長の想いに感動し、
すぐに会社に電話を掛けました。

営業担当の方には
「この店では売れないと思う」と言われたものの、
「決して迷惑はかけないから」と熱意を伝え、
傘を二百五十本仕入れたのは、
一日も雨の降らない五月のことです。

その傘を、毎日自転車で配達していた本と
一緒に台車に乗せ、商店街を歩きながら
販売を始めました。

商品の魅力を丁寧に説明し、毎日販売を続けた結果、
絶対売れないと言われていた傘を二百五十本、
一週間にして完売することができたのです。

営業の方には
「五、六本売れたらいいほうだと思っていた」
と本当に驚かれました。

以降、傘の販売は主人が脳梗塞に倒れた
三年前まで二十五年間続け、
売り上げの柱になってくれたのです。

私は決して商売が上手なわけではありません。
小林書店も吹けば飛んでしまうような小さな店です。
しかし、周りの人に支えられて
今日まで歩んでくることができました。

いまでは側弯症で支えなしには歩けない私に、
近所の三十代から七十代の方々が
ボランティアで本の配達を手伝ってくれています。

そして、百歳になっても
私に店を続けてほしいと言ってくれるのです。

これからも小林書店で生まれた人との縁を大切に、
そしてきょうという一日一日を、
一所懸命きちんと生きていきたい――。
それが私の心からの願いです。

2022.12.08

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