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      次代に輝く住まいを創る

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〒971-8134 福島県いわき市鹿島町飯田字八合22

一語履歴WORD vol.103

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「奇跡の女形」

人は坂東玉三郎さんのことを
そう称えます。

今年、5代目坂東玉三郎を襲名して50年――。

半世紀以上にわたって歌舞伎という芸道を磨き続け、
いまや人間国宝にも認定されています。

   「伸びる人と伸びない人の差」
        
    坂東玉三郎(歌舞伎俳優)
   
 ――50年歌舞伎の世界に身を置かれ、
  伸びる人、伸びない人の違いは何だと思われますか。

ちょうどこの前、ある人たちともその話になったのですが、
究極、意識の問題です。

意識さえ高かったら必ず技術は習得するでしょうし、
品格ある生活を送るでしょう。

でも、意識だけは教えることができないんです。

これだけは人が変えてあげることはできないと思います。

――おっしゃるとおりです。

あとは素直に人の話を聞くことですかね。

私は割と先輩方に可愛がられ、
厳しくされた覚えがないんです。

通りすがりの先輩に、

「おまえ、その襟の合わせじゃだめだよ」
「裾がこれじゃだめだよ」
「頭はこうだよ」
「顔の仕方がこうだよ」

って皆さんよく言ってくださったんですよ。

それは明くる日、すぐ直しました。

これはうちの養父の教育がそうでした。

守田の祖父(十三代目守田勘彌)が
草履の紐が解けたまま花道から出ていく役があったんですって。

それを通りすがりの端役の俳優さんが

「旦那、草履の紐、解けてますよ」

と言ったので、

「あ、そう。ありがとう」

と言って、その場で結わいて、
直前に解いて舞台に出て行った。

それを見ていた養父が後で

「お父さん、なぜあそこで結わいたのですか」

と聞いたら、

「“これは解けているもんだよ”と言ったら、
 その人は何かあっても二度と教えてくれないだろう。
 “ありがとう”と言って聞かなきゃいけない」と。

そのように養父が何度も語っていたことを思い出します。

――どんな場面でも謙虚に耳を傾ける姿勢が、
  現在の玉三郎さんをつくってこられたのですね。

いまの私をつくったのは出会いです。

私は恵まれた人間でした。

ゼロのところから、こんな光の当たるところにまで
連れてきていただいた。

それは本当に稀な人生だと思います。

これは運命です。
私の努力とは関係ない。

努力は私以上にしている人はたくさんいます。
努力が報われた、なんて一切思っていないです。

――玉三郎さんは、運命とはどのようにお考えですか。

逃れられないもの、
決まっているもの、です。

――運命は変えられない?

変えられない。

でも、解釈を変えることはできるでしょう。

私が小さい時に体が弱く、小児麻痺になったという
マイナスのカードを持っていたことは
不運であったともいえますが、

それが歌舞伎への道へ導いたと考えると、
幸運だったともいえます。
 
2014/07/25
半年前に自分がどんな食生活をしていたか
覚えているでしょうか?

「人間の脳も神経も手足も筋肉も
 すべての細胞は半年前に食べたもので
 つくられている」

そう語るのは、日本初のアスリートフードマイスターとして
活躍している村山彩さん。

「食べたいものを好きなだけ食べて健康になる秘訣」
        
   村山彩(アスリートフードマイスター―)
   
私たちは毎日、必要な栄養素を摂って自分の体をつくり、
活動することを繰り返して生活しています。

そのため誰もが本来は、その時自分の体に
必要な食べ物を見極めるセンサーを持っています。

ところが、ストレスや添加物などの影響で、
そのセンサーが曇り、食欲が狂ってしまうのです。

たまに無性に食べたくなって、
チョコレート一箱、あるいはポテトチップス一袋を
一気に平らげてしまうようなことはありませんか。

暴飲暴食も深酒も、栄養素の摂取というよりは
ストレスの解消のための行為に他なりません。

こうした間違った食欲、狂った食欲をクリアにして、
正常な食欲に戻す上で有効なのが運動プラス正しい食事なのです。

運動をすると、汗を掻き、
体の老廃物が押し出されます。

そして正しい食事をすることで、
体に「必要な栄養素を摂る」感覚を覚えさせていきます。

これを続けていると、本当に必要なものに
体が反応するようになります。

つまり「食欲のセンサー」が正常に戻って、
体に必要なものが分かるようになるのです。

無理やり食生活を変えなくても、
自然に体が体に必要なものを欲しがり、
食生活が変わってきます。

欲そのものが変わるので、
食べたいものを我慢する必要がなくなるのです。

これまで、体調を整えるため、あるいはダイエットのために、
自分が長年馴染んできた食生活を変えようとして
挫折する方はたくさんいらっしゃいました。

しかし、運動というプラスの理由で食事を変えた人は、
体が欲するままに食べたいものを食べてもいいのですから、
こんなに自由で幸せなことはありません。

私は運動を始めてから、自分の体がどんな状況にあり、
何を感じているのかが分かるようになりました。

体の調子に気を配り、いつも体の声に耳を澄ませているうちに、
「これが必要」「これが食べたい」というセンサーが
磨かれてきたように思うのです。

たまにセンサーが曇り、口先の食欲に
走りそうになることもあります。

そういう時には運動をして一度体をクリアにして、
それから本当に必要な食べたいものを選ぶように心掛けています。

これが本当に正しい食欲なのか、走って汗を掻いて
体の大掃除をすることによって顕著に分かるのです。
 
2014/07/24

臨済宗の大本山として知られる
鎌倉円覚寺。

730余年の歴史ある名刹で
管長を務める横田南嶺老師が語った

    「いまこの瞬間を一所懸命に生きる」
        
      横田南嶺(円覚寺管長)

横田 白隠(はくいん)禅師のお師匠さんだった
   正受老人(しょうじゅろうじん)は
   厳しい修行をされた方ですが、
   晩年に村人相手にやさしい言葉で生き方を説かれたのが、
   有名な「一日暮らし」です。

人間の一生、どんな辛いことがあっても
きょう一日の辛抱だと思えば耐えられるし、
逆に嬉しいことがあってもきょう一日と思えばそれに耽ることもない。

誰でも、きょう一日、目の前のことであれば頑張れる。
きょう一日一所懸命やればいいと。

そうして最後に、

「一大事と申すは
 今日只今(こんにちただいま)のこと」

と締め括っています。

境野 心に染みる説法ですね。

実は、私は人生の目標って立てたことがないんです。

ただ「縁」だけは大事にして、
いつもそれに精いっぱい報いてまいりました。

そうしたら、思いがけず素晴らしい出会いに恵まれ、
東洋思想の本を30冊ほど書かせていただくことができた。

ただひたすらご縁に従ってやっているうちに、
こういう自分になったんです。

いまの若い人の中にも、目標が立たないと言って
悩んでいる人が多いんですね。

そういう青年たちには、俺も目標を持たなかったよ。
だけど人の縁を大事にして、「今日只今」を一所懸命やってれば
人生は開けていくんだよと申し上げるんです。

横田 「今日只今」というのは素晴らしい教えですね。

以前、一緒に修行した仲間が心臓の病気で病院に運ばれて、
一命は取りとめたんですけれども、
これまでのことが思い出せなくなって悩んでいたんです。

そこでこの

「一大事とは今日只今の心なり」

という言葉を書いてあげたんです。

「今日只今」生きてるんだから、
よかったんじゃないか。

「今日只今」が一番大事だと。

幸い、徐々に思い出して復帰しましたけれども、
あの時はつくづく、これは大変な意味の深い言葉だと思いました。

我われは過去のことにこだわりがちですけれども、
それよりも「今日只今」こうして呼吸をしていることの素晴らしさ。

それは自分の力ではなく、
大きな力の働きによって生かされている。

これ以上の大事、素晴らしいことはないと。

あの一件でこの禅語の理解が一層深まったのです。

境野 「前後裁断」という禅語もございますね。
   明日と昨日を切って、今日一日を生きよと。

高い目標達成のためプレッシャーを受けている人も、
「今日只今」自分のやるべき仕事に集中すれば、
余計なストレスももらわないし、結果も自ずとついてくると思います。

横田 私が35歳で円覚寺の師家になった時、
   その若さで師家なんかになって大丈夫かとよく言われました。

私はその度に大丈夫ですと。

ただ朝起きてお粥を食べ、
お経を上げて坐禅をする。

私の仕事はそれだけですからと。

お粥の時間になったらお粥を食べ、
お経の時間になったらお経を読み、
坐禅の時は坐禅をして寝ればいいんだと。

別に師家として認められようという考えはありませんからね。

それをやってるうちに気がついたら
今度は管長になっていたんです(笑)。

ですからきょうはきょうで、
とにかく境野先生にお目にかかって
お話を聞けばいいんだと思って、
これをしっかり楽しませていただいているわけです(笑)。

境野 それが「今日只今」を生きることなんですね。
 
2014/07/22

3年前の東日本大震災で
死と隣り合わせの状況の中、
目覚ましい活躍を果たしたことは
記憶に新しいでしょう。

1万6千人の隊員を指揮した
元横須賀地方総監の高嶋博視さんが語った

     「海上自衛隊かく闘えり」
        
  高嶋博視(海上自衛隊元横須賀地方総監)
   
生存者の救助は時間との闘いです。

海を生活の場とする我われは、
その意味を体で知っています。

食糧、とりわけ飲料水の確保が困難であり、
かつ小雪がちらつく気象条件下では4日が勝負です。

吉村昭さんの『三陸海岸大津波』によれば、
昭和8年の大津波では多数の凍死者が出たと記されています。

我われは一人の未発見者、
一人の凍死者も出してはならない、
との思いで海岸線を徹底的に捜索し、
孤立者の発見・救助に努めました。

3月12日、護衛艦「たかなみ」が
石巻みづほ第二幼稚園の屋上で
震えている先生と園児11人を発見し、
内火艇で救出しました。

「たかなみ」が大量の瓦礫をものともせず
果敢に湾内に進入していったため発見できたものであり、
艦長以下、乗員の士気の高さを示すものでした。

それにしても、幼子が氷点下の屋上で一晩頑張りとおしたこと、
生きることを信じて子供たちを励まし続けた先生の使命感に感心しました。

よほどおなかがすいていたと見え、
救助された園児は乗員が準備した
カレーライス2杯をぺろりと平らげると、
すぐに眠りに就いたそうです。

園児たちが送り便の都合で2泊する間、
屈強な乗員たちにはその健気な姿が我が子の姿とも重なり、
彼らが退艦する時には皆涙を流したといいます。

後日同園の教頭先生から届いた
丁重なお礼状にさらに感激しましたが、
現場ではこうしたドラマが数え切れないほどあったのです。

救助に際し、海上からは小回りが利く小型の艦艇、
内火艇、ゴムボートで瓦礫をかき分けて湾内奥に進入。

ヘリコプターのパイロットや小型ボートの乗員が
どれほど無理をして行動したかは想像に難くありません。

救援活動の際、水中浮流物による
艦艇の損傷が頻発しました。

加えて海中には多数のロープや漁網の類が流れており、
多くの艦艇がプロペラや推進軸等に巻き付けて損傷。

その度に潜水員が海に潜り、
ナイフでこれを取り除くのですが、
巻き付いたものを切断・排除するには何時間も要しました。

日が経つにつれて生存者の救出が困難になり、
隊員たちはご遺体の捜索という厳しい任務に涙を堪えて臨みました。

彼らを支えていたのは、
少しでも多くのご遺体をご家族の元に返してあげたいと
いう優しい気持ちに他なりません。
 
2014/07/21

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