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運命を切りひらくもの 北方謙三/福島智・共著 北西アフリカに行った時のことを 少しお話ししましょうか。 カメラマンと二人で コートジボアールだとか、 ガーナ、トーゴ、それから シエラレオネを車で旅している時に、 飢餓地帯に入ったんですよ。 そうすると、お腹がこんなに 膨らんでいる少年が寄って来て 「ムッシュー、ムッシュー」と 手を出すんですよ。 (福島:お腹が膨らんでいるというのは、 栄養失調の子ですね) けれども、手元の食べ物を ずっとあげ続けるわけにはいかない。 ですから結局あげるのはやめて、 その代わり自分たちも水以外は 食べるのをやめて、三、四日 その飢餓地帯を旅行したんです。 その時に思い出したのが サルトルの言葉でした。 彼はこう言ったんです。 「餓えた子供の前では 文学は無力である」 と。 初めて目にした時には、 凄いことを言うもんだなと 思ったのですが、 実際にたくさんの餓えた子供たちを 目の当たりにしてみると、 その言葉の真意が痛いほど 伝わってきましてね。 確かに飢餓地帯で 本が役に立つわけがない。 俺は小説なんか書いていて いいんだろうかと思いました。 それくらいあの一帯の光景は 凄惨だったんです。 その後、トーゴのロメっていう 少し経済状態のいい所までやって来て、 ホテルに二週間くらい滞在しました。 ドゥ・フェブリ(二月二日ホテル) っていう木造二階建ての ホテルでしたけれども、 ショックを引きずっていたので あまりハイになれなくて、 ホテル前のベンチに腰を下ろして、 煙草を吸いながら ずっともの思いに耽っていたんです。 その時に、ホテルのコンシェルジェの 女の子が出て来て、 向かい側からやって来た 黒人の女の子とハグして、 何か言葉を交わし始めましてね。 しばらくすると、 向こう側から来た女の子が、 ポロポロ涙を流して泣いているんですよ。 どうしたのかと思ってよく見ると、 コンシェルジェの子が 膝の上に本を広げて 読んであげていたんです。 字が読めない向こうの子に 音読してあげていたら、 感動して涙を流していたようなんです。 それを見た時に、 物語というのはこんなふうに 人の心を揺り動かすんだ というのが見えた気がしましてね。 俺は小説家でいても いいのかなと思えたんです。 |
2016.08.06 |
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