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      次代に輝く住まいを創る

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〒971-8134 福島県いわき市鹿島町飯田字八合22

一語履歴WORD vol.218

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松下幸之助さんは、利益というものについて...
人材育成トレーナーの佐藤政樹さんは、
劇団四季『人間になりたかった猫』の
主役を務めたほどの実力者です。

☆ 劇団四季で学んだ一流プロの心得 ☆

佐藤政樹(人材育成トレーナー)

劇団四季に入団してからは
プロのマインドを徹底的に
叩き込まれました。

努力するのは当たり前。
嘘の表現は一切通用しない。

入るよりも生き残るほうが
何倍も難しいプロの世界に、
私が10年間も
身を置くことができたのは、
ひとえに浅利慶太先生のおかげです。

浅利先生は、
劇団四季を創設した一流の演出家であり、
経営者ですが、
何よりも私が尊敬しているのは
人を見抜く力です。

現時点でのスキルやテクニックは
全く関係なく、
その人が今後どれだけ伸びるか、
未来の可能性を見る。

「名優は大根役者からしか生まれない」

と浅利先生はよく言っていました。

才能はさほどなくても、
コツコツ地道に努力し続ける人は
必ず一流の俳優になるのだ、と。

私は不器用でしたが、
継続し小さな成長を積み重ねていく
力だけはありました。

そういう私の人間性を見抜いて、
引き上げて、育ててくれたのは
浅利先生だけでした。
 
2016/09/08

京セラ名誉会長の稲盛和夫さんは、
経営者でありながら、
人の生き方を説き続けられています。

世のため人のために
尽くそうなどという、
大上段に振りかぶった
ようなことをいう人があると、
インテリであればあるほど
それをせせら笑う人が多いようです。

しかし、世のため人のために
尽くそうということぐらい
立派なことはありません。

私たちそれぞれが生まれてきた
人生の目的は、
世のため人のために尽くすことです。

一燈照隅といいますが、
どんな人でも素晴らしい役割を
持って生まれてきたわけです。

その役割を通じて、
世のため人のために
尽くすことが大事なことなのです。

世のため人のために
尽くそうとすることによって、
自分の運命を変えていくことが
できると思います。

同時に自分だけよければいい、
という利己の心を離れて、
他人の幸せを願う
という利他の心になる。

そうすれば自分の人生が豊かになり、
幸運に恵まれる、
ということを仏教では
説いているのです。

天台宗の山田恵諦座主に
生前何度かお目にかかって
お話をさせていただく
機会がありました。

ある時、「忘己利他」という言葉を
教えていただいたことがあります。

私はこれを「もう懲りた」と
読むようにしています。
そして自分だけよければいい
という考えには、もう懲りた
というように思ってきました。
 
2016/08/30

江戸時代に歩いて日本列島を横断し、
日本で初めての実測地図を
つくった伊能忠敬。

夜になると、星空を見上げていた忠敬。

50歳になっても、
夢をあきらめていなかった忠敬。

55歳から17年間、
一歩一歩踏み出し続け、
地球一周分を歩きぬいた忠敬。

考えてみると、忠敬の人生は、
夢に向かって一直線に
突き進んだわけではありません。

忠敬は、いつだって自分に
与えられた環境を受け入れ、
ご縁を大切にし、
ご縁をいただいた人たちを
笑顔にするために、
自分にできることを
精一杯やり続けたのです。

婿入りした当初は、
忠敬はひたすら伊能家の当主として
家族や従業員を大切にし、

商人として、お客様を大切にしました。

人間は与えられた場で
努力を重ねれば、必ず成長します。

成長すると、人生の扉が開き、
次のステージに上っていけます。

そしてそこでは、成長した分だけ、
一回り大きなことができる
自分になっているのです。

ちょうどその頃、
天明の大飢饉が起こり、
日本中で餓死者が続出しました。

そんな中、佐原の町では
奇跡が起こるのです。

餓死者がゼロ……!

なぜ佐原で餓死者が
出なかったのかというと、
その陰には忠敬の存在がありました。

伊能家の蔵には、お酒の原料である
お米がたくさん眠っています。

忠敬は、そのお米を無償で地域の
人々に分け与えたと言われています。

そんな忠敬は、きっと
多くの人から愛され、
応援されたのだと思います。

だからこそ、忠敬の人生は、
夢であった天体観測を超えて、
夢にすら描いていなかった、
『大日本沿海輿地全図』の
作製という、歴史的大偉業へ
運ばれたのではないでしょうか。

夢に生きるとは、
やりたいことや好きなこと
だけをやることではないのです。

夢に生きるとは、
目の前のことをすべて受け入れ、
そのときにできる小さな一歩を
踏み出し続けること。

夢に生きるとは、大切な人たちを、
ちゃんと大切にすること。

チャンスはいつだって、
今、目の前にあるということです。

そして忠敬が大切にしたのは、
家族やお客様、地域の人々
ばかりではありません。

忠敬は、東日本の第一回測量に
出かける際に、

「隠居の慰みとは申しながら、
 後世の参考ともなるべき
 地図を作りたい」

という手紙を幕府に宛てて出しています。

年老いた忠敬が、身体も心もきついのに、
測量をやり遂げることができたのは、

「今自分がやっていることが、
 必ず後世の日本人のためになる」

という誇りがあったからなのでしょうね。

そして忠敬の言う
「後世の日本人」とは、
誰のことでしょう?

そうです、私たちのことです!

忠敬は、後世に生きる私たちのことも、
大切に思ってくれていたんですね。

日本の歴史には、愛が溢れています。
 
2016/08/29

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