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S君の生き方 木下晴弘(アビリティトレーニング社長) 生活態度を改めるよう注意を促してほしいと訴え掛ける私に、 母親は呟くように話を始めました。 「あの子は小学校の頃から、 この塾に通ってK学院に進学するのがずっと夢だったんです。 でも先生、大変申し訳ないのですが、 うちにはお金がありません……」 S君が早くに父親を亡くし、 母親が女手一つで 彼を育て上げてきたことを知ったのはこの時でした。 塾に通いたいというS君をなだめ続け、 生活を切り詰めながら なんとか中学3年の中途で 入塾させることができたというのです。 私はしばらく頭を上げることができませんでした。 S君に申し訳なかったという悔恨の念がこみ上げてきました。 そして超難関のK学院合格に向けて 一緒に頑張ることを自分に誓ったのです。 K学院を目指して早くから通塾していた生徒たちの中で S君の成績はビリに近い状態でしたが、 この塾で勉強するのが夢だったというだけあって 勉強ぶりには目を見張るものがありました。 1冊しかない参考書がボロボロになるまで勉強し、 私もまた、他の生徒に気を使いながら、 こっそり彼を呼んで夜遅くまで個別指導にあたりました。 すると約2か月で700人中ベストテンに入るまでになったのです。 まさに信じがたい伸びでした。 S君はそれからも猛勉強を続け、 最高水準の問題をこなせるようになりました。 K学院の入試も終わり、合格発表の日を迎えました。 私は居ても立ってもいられず発表時刻より早くK学院に行き、 合格者名が張り出されるのを待ちました。 真っ先にS君の名前を見つけた時の喜び。 それはとても言葉で言い尽くせるものではありません。 「S君に早く祝福の言葉を掛けてあげたい」 そう思った私は彼が来るのを待ちました。 しかし1時間、2時間たち、夕方になっても姿を見せません。 母親と一緒にやって来たのは夜7時を過ぎてからでした。 母親の仕事が終わるのをずっと待っていたようでした。 気がつくとS君と母親は掲示板の前で泣いていました。 「よかったな。 これでおまえはK学院の生徒じゃないか」 我がことのように喜んで声を掛けた私に 彼は明るく言いました。 「先生。僕はK学院には行きません。 公立のT高校で頑張ります」 私は一瞬「えっ」と思いました。 T高校も高レベルとはいえ、 K学院を辞退することなど過去にないことだったからです。 しかし、その疑問はすぐに氷解しました。 S君は最初から経済的にK学院に行けないと分かっていました。 それでも猛勉強をして、見事合格してみせたのです。 なんという健気な志だろう。 私はそれ以上何も言わず、 S君の成長を祈っていくことにしました。 この日以来、S君と会うことはありませんでしたが、 3年後、嬉しい出来事がありました。 東大・京大の合格者名が週刊誌に掲載され、 その中にS君の名があったのです。 「S君、やったなぁ」 私は思わず心の中で叫んでいました。 |
2022.01.15 |
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