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すべてに対し、「凡事感謝」という精神を
忘れてはいけないと思っています。

すべてに対し、当たり前ではなく感謝する。
どんな逆境になろうとも、ありがたいという
心がけで物事に取り組む精神こと大切である。
それがやる気を育てる基本である。
2019/04/06
片田舎の町医者の身から一念発起して
四国の宇和島藩に出仕する道を掴んだ、
維新の10傑に一人にも数えられる大村益次郎。

山本 栄一郎(山口県地方史学会理事)

宇和島藩に着くと、蘭学修業中の身であった
大野昌三郎という藩士から、
蘭学の実力テストを受けたことが記録に残っている。

結果は上出来で、自分よりも実力が上だから、
自分の給料を半分にして残りの半分を出してでも
雇ったほうがよいと大野に言わしめたのだから、
相当な実力だったことが窺える。

その後紆余曲折はあったにせよ、宇和島藩に来てから
4か月後には正式に藩から召し抱えられたのだった。

こうして大村益次郎は実力をもって
自らの道を切り拓いたわけだが、
この宇和島藩によって大村自身が大きく育てられたことも、
後の人生を大きく左右している。

そもそも大村は生まれながらにして
軍事の天才であったわけではなく、
緒方洪庵の塾でも軍事は教えられてもいない。

田舎の村医者だった頃に学んでいたのかと言えばそれもない。
なぜなら、当時は知識を得るには本から勉強するしか
方法がなかった上に、大村が実際に学んだ
西洋兵書の類は大変高価で、
簡単には手に入る代物ではなかったからだ。

ではなぜ、「軍神」と称せられるほど
大村益次郎は西洋軍事に精通していたのか。

その答えは宇和島藩における大村の仕事と関係がある。
宇和島藩では国防のためにと、海外から仕入れた
西洋兵書を大村に翻訳させていたのだ。

しかも大村の翻訳能力は飛びぬけていたため、
藩が入手する軍隊や大砲に関する洋書を次々と
翻訳してのけたのだという。
医者になるために修めた蘭学をもって
西洋兵書を朝から晩まで翻訳しているうちに、
大村はいつの間にか西洋軍事の専門家になっていたのだ。

その証拠に、大村益次郎は宇和島藩にいた頃から
既に軍事担当者として西洋式の軍事調練の指導も行っている。
大村以外にそういった知識を持っている人材が
他にいなかったため、必然的にそうなったのだろう。

その他にも大村益次郎は砲台の設置や、
蒸気船の製造にも関与している。

そのすべてを本から学んだだけで
形にしていることにも驚かされるが、
どんな仕事であろうと挑戦する姿勢は、
まさに問答無用の仕事師と呼ぶに相応しい。

いかなる仕事であろうと、命じられたからにはとにかく
一所懸命に取り組むことで、自ずと実力がついたといえよう。
 
2019/04/06

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