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白虎隊となり玉砕をもって民族の防波堤になる 福島県で町議会議長をされている渡辺真一郎の 76年前の昭和20年8月18日に戦死された 叔父様の人生に思いを馳せつつ綴られた文章。 毎年終戦の日が近づくと、 戦死した叔父のことが頭に浮かびます。 昭和20年8月18日、 叔父は千島列島北端占守島で戦死しました。 子供の頃より、なぜポツダム宣言を受諾した後に 戦って亡くならなければならなかったのか、 戦いをしなければ生きて帰れたのに、 と深い疑問を持ち続けました。 「樋口季一郎の生き方が教えるもの」を読ませていただき、 ようやく理解できました。 ソ連が日ソ中立条約を一方的に破棄して 千島列島へ侵入してきたことに対し、 北部軍司令官の樋口中将は断固反撃し、 ソ連軍を撃滅せよと命じます。 スターリンの狙いは北海道の占領にあったといわれます。 占守島守備隊は激戦の後ソ連軍を撃退し、 その間に米軍が北海道に進駐し ソ連は北海道の占領を諦めました。 戦いの前、占守島戦車隊率いる池田大佐は 部下に語りかけたそうです。 赤穂浪士となって、恥は忍んでも将来仇を報ずるのか。 白虎隊となり玉砕をもって民族の防波堤になるのかと。 この問いかけに全員が白虎隊を選んだそうです。 叔父は会津人で白虎隊の末裔、 真っ先に問いかけに応じたと思います。 池田大佐は上半身裸、左手に軍刀、 右手に日の丸を持って先頭に立ち、 ソ連軍に突入し砲弾で砕けて亡くなったそうです。 毎年8月18日には 靖国神社で戦車隊の永代神楽祭が奉奏されており、 出席させていただいた際は、 亡き池田大佐のご子息にお目にかかることができ、 感激しました。 私の叔父は軍人ではありませんでしたが、 日本を救うため懸命に戦って亡くなったのです。 このような尊い犠牲により ソ連に北海道を占領させなかったおかげで、 ドイツや朝鮮半島のような分断国家にならずにすみました。 戦後、平和な日々が訪れましたが、 礎となった人々の存在を忘れないでいただきたい。 |
2021.08.19 |
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