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道...
希望を持たせてくれるリーダーがいない

『ローマ人の物語』で知られる歴史作家の塩野七生さん

(塩野)
(ローマの高校で学ぶ)息子の高校の教科書に
リーダーに必要な資質として、
「知力」「説得力」「肉体的耐久力」「持続する意志」「自己統御」
と載っていましたが、
まさにカエサルは
この5つの資質を備えていた人物でした。
おもしろいのが、日本人はよくリーダーの条件というと
決断力や実行力を挙げますが、
そういうのは一つも入っていない。
この5つの条件を備えていたら、
そんなことは当たり前なんだと思いました。

決断とは、いろいろと考えを巡らせて決めることだから
知力がなければできないことですし、
決断しても実行しなければお話にならない。
ここで言う知力とは、インテリジェンスなんですよね。
だから本の中でも「知識」とはとても訳せなかった。
確かハードカバーでは「知性」と訳しているのではないかと思いますが、
文庫では「知力」と訳し直したりしました。
つまり、もろもろのことに考えを巡らせる能力ですよね。
だから知識ではない。

私が一番好きなカエサルの言葉に
「多くの人は見たいと欲するものしか見ない」
というのがあります。
リーダーと一兵卒では見るものが違うかと言ったら、本当は同じです。
だけど一兵卒はその重要性に気づかない。
いや、気づきたくないわけね。
例えば敵が来るなんて思いたくないから敵を見ないんです。
そこが、リーダーとリーダーでない人の間に存在する、
厳とした差ではないかと思います。

カエサルは見たくない現実も見ることができた人でした。
あの時代のローマに何が必要で、
何が不必要であるかを明快に見定めた人物だったと思います。
なぜスピーチが大切かというと、
やっぱり人間はみんな希望を持ちたいんです。
これは男も女も変わらないと思います。
セネカが言うように、
人間にとって最後まで残るのは希望なんだと。
だから希望を与えること、
つまり我々はやれるよ、と思わせることが
リーダーの一番大切な仕事なんです。

そこでもカエサルはすごいなと思わせるエピソードがあります。
キケロの弟は賢兄愚弟の典型のような感じで、
困り者だったんですね。
キケロはカエサルに弟をどうにかしてくれと相談する。
そうしたらカエサルは、何の実績もなかったその弟を
いきなり軍団長に抜擢するんです。
そしてそこにガリア側が襲ってきた。
キケロの弟は部下からカエサルが絶対に助けに来ると聞かされ、
それだけを頼りに戦うんですよ。
実際カエサルは助けに来ましたが、
それまで持ちこたえたのはキケロの弟の実績じゃないですか。
もう愚弟ではなくなったとキケロはやたら喜ぶんですが、

カエサルは部下が自分で思っていた以上のことまで
やらせてしまう人だったんです。
そうすると「そうか、俺はできるんだ」と嬉しくなるでしょう。
そして、もう一つ。
彼は部下が失敗した時、絶対に非難しないんですね。
つまり責任を部下に転嫁しない。
「あれは若さのためであった」とか、そうやって救うんです。
もう戦死しているから救ってやる必要もないのですが、
ローマ人は非常に名誉を大切にしましたから、
それを周りで聞いていた人たちは
「自分にもしものことがあってもカエサルなら守ってくれる」と。
そうすると戦場でも全力で戦うわけです。

日本人はやれる能力は高いのに、
希望を持たせてくれるリーダーがいないですね。
やっぱりリーダーは言葉によって民衆を酔わせる必要があります。
2021.10.09

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