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『斎藤一人商人道』 602aさっさと予定の退路を引き揚げた
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道...
さっさと予定の退路を引き揚げた

2021年に生誕500年を迎えた戦国武将・武田信玄。

〈渡部〉
永禄12年秋9月、
甲府の館では北条家の小田原城を
攻める軍評定が開かれていた。
信玄は当年49歳、百戦錬磨の功を積んで
思慮も最も円熟していた。
信玄の考えでは、
南に下って駿河に出ようとすると
小田原の北条氏政がこれを妨げるから、
逆に駿河に出ないで、
啄木(たくぼく)の戦法によって
小田原城を叩こうという計画だった。

家来たちはみんな一生懸命に、
進軍の道筋と日程を論じている。
信玄は一人黙然として考えていた。
家来の一人が
「殿様がいかがお考えか、
 お伺い申し上げます」

というと、信玄は

「お前たちがいいように計らえばよい」

と答えた。

そういう信玄が手元に広げている地図を見ると、
赤い線があちこちに引かれている。
それを見て家来は訪ねた。

「その道から討って出る思し召しですか」

すると信玄は、頭を振ってこう答えた。

「いや、これは引き揚げる道だ」

それを聞いて大将たちは仰天した。
勇ましい進軍の門出に、
退却の道を考えるのは
なんたる不吉なことであろうか。
我々は勝って北条氏をほうむる覚悟である。
破れて引き揚げようとは思っていない。
そこで、大将たちは口々にいった。

「それはご無用のことです。
 凱旋(がいせん)するときは
 どの道でも自由に通行できますから、
 今そのようなご検討をする必要はありません」

信玄は笑った。

「そうかも知れぬ。そうでないかも知れぬ。
 お前たちは進むことを考える。
 それゆえに私は退くことを考えるのだ。
 進むことは容易だが、退くのは難しいものだぞ。
 人間というものは、
 どのように生きようかということよりも、
 どのように死のうかということを
 考えなければならぬ。
 どのように進もうかということよりも、
 どのように退こうかということを
 考えるほうが大事なのだ」

そのようなわけで、
信玄は小田原城を囲んだが、
もう一揉みと逸る家来たちを抑えて、
さっさと予定の退路を引き揚げた。

すると、物を知らない北条方は
すわとばかりに追撃してきて、
三増峠の合戦でこてんぱんに信玄に打ち破られた。
信玄は崩れ立つ敵勢を尻目に見て、
山を下って悠々と甲府に引き揚げたのである。

進むことも大事、退くことも大事。

2021.09.25

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