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      次代に輝く住まいを創る

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一語履歴WORD vol.664


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伝説の料理番組「料理の鉄人」で初代の和の鉄人として
見事な腕前でお茶の間を魅了した道場六三郎氏。
そんな道場氏が若い頃から心掛け
実践されてきた仕事の極意とは?

〈松岡〉
道場さんの原点についてお聞きしたいのですが、
料理の世界に入られたのはどういうきっかけですか?

〈道場〉
僕は子供の時から料理人になりたかったわけではないんです。
ただ、父親が非常に料理好きで、
漆の仕事をする傍ら、
味噌や鰯の糠漬けなんかを嬉々としてつくっていました。
その影響も多少あるのかもしれません。

17歳の時、近所の魚屋の親父さんが病気に罹ってしまい、
手伝ってくれないかと言われましてね。
威勢のよさに憧れて働き始めたのが最初のきっかけです。
そこで魚を捌いて刺身にしたり串焼きにしたりしていたんですが、
ある時、得意先の旅館のチーフから忠告を受けました。
手に職をつけたほうがいいよと。
料理人になれば食べるのに困らないだろうということもあって、
料理の道に進むことを決め、
ある人の紹介で東京の日本料理店で働くことになったんです。

〈松岡〉
それは何歳の時ですか?

〈道場〉
19歳の春です。
母親は僕が東京に出て苛められたり、
相手にされなかったりすることが一番心配だったんでしょう。

「六ちゃん、人に可愛がってもらいや」って言うんですよ。
だから、あの当時はお風呂で先輩の背中を流したり、
誰よりも早く店に来て先輩の白衣と靴を用意したり、
ボロボロになった高下駄を修理したり、
煮こぼれて汚れたガス台を夜通しピカピカに綺麗にしたりと、
先輩に喜んでもらえる仕事は何でもやりました。

〈松岡〉
お母様の教えを実践されたのですね。

〈道場〉
僕の両親は浄土真宗の信仰に篤く、
常日頃、人としての生き方を説いてくれました。
いまでもよく覚えているのは、

「親や先生のいる前では真面目にやって、
見ていないと手を抜く人がいるけど、
とにかく神仏は全部見てござる。
陰日向があってはいけない。
どんな時も一所懸命やらなきゃいけないよ」

とか「たとえ逆境の中にいても喜びはある」。

こういう教えは僕の財産であり、
若い頃から仕事のベースになっています。

〈松岡〉
他に心掛けていたことはありますか?

〈道場〉
東京の店に入って心に決めたことは、
「人の2倍働く、
人が3年かかって覚える仕事を1年で身につける」
ということです。

例えば、人がネギを3本置いて切っていたら、
その上に1本重ねて4本、2本重ねて5本で切れるようにする。
最初はなかなかうまくできませんが、
脇の締め具合や手首のスナップなどを工夫して、
試行錯誤の末に自分だけの得意技を編み出したんです。

冷蔵庫の使い方一つにしても、
工夫次第で差が出ます。
先輩から「ちょっと、あれ取って」と言われた時に、
冷蔵庫をパッと開けて、サッと食材を取り出して渡せるか。
これをできずに
「えっと、どこだっけ」なんてグズグズしていると、
「バカ野郎」となってしまう。

そこで、冷蔵庫の中を六つに仕切って整理整頓し、
どこに何が入っているかメモを取り、
扉に貼っておく。
さらに、量が少なくなったら小さな容器に移し替え、
いつも冷蔵庫を広く使えるようにしていました。

〈松岡〉
ご自身で気づいて創意工夫されたことが素晴らしいですよね。

〈道場〉
それから、先輩のやっている仕事を見て、
レシピを全部ノートに書き写したり、
出汁巻き玉子をどれだけ早く綺麗につくれるか追求しようと、
夜中に同僚が寝ている横で、
濡れたタオルをフライパンの上に載せて
それを返す練習をしたりね。

僕は「仕事にも人生にも締め切りがある」
とよく言うんですけど、
ダラダラと仕事をしても上達しません。
とにかく僕は若い頃から、
今年は絶対にこの仕事を覚えるという
目標を立てて努力しました。
2022/05/28
伊勢国一の宮で、猿田彦大神を祀る全国二千余社の大本宮である椿大神社。
創建2025年という長い歴史を刻んできました。
その椿大神社は日々の掃除、挨拶に力を入れています。

(山本)
椿大神社では全神職が
毎日ご祈祷をしていると申し上げましたが、
私には3つの目標があるんですよ。

第一は「挨拶ができる神社」、
第二は「掃除ができる神社」。
挨拶と掃除は『小学』に出てくる通り、
人格形成の土台、修身における基本中の基本です。

そして第三はちょっと大袈裟ですが、
「祈祷の上手な神社」。
この3つに関して日本一の神社になりたいと思っているんです。

(池田)
素晴らしい実践的な決意ですね。

(山本)
当然まだそこまではできていません。
神職も巫女さんも毎朝参道を箒で掃き、
社殿の床を雑巾がけし、
境内をすべて掃除するんです。
早い職員は朝7時に来て行っています。

掃除の後は朝拝、全員で大祓詞を唱え、
社務所に移動して朝礼を行います。
そこでは、「はい」という素直な心、
「すみません」という反省の心、
「おかげさま」という謙虚な心、
「私がします」という奉仕の心、
「ありがとう」という感謝の心、

この五訓をはじめ、いろいろな言葉を唱和し、
心を整えてから皆それぞれ持ち場につくのです。

そして、16時半からまた皆で掃除をする。
立つ鳥跡を濁さず、
綺麗にして明日を迎えたいという氣持ちで
掃除を徹底しています。

(池田)
挨拶と掃除、それは生活上の祈りの基本ですよね。
挨拶や掃除をすることで、
他者への感謝の気持ち、
祈りの心が醸成されていくと感じます。

(山本)
そうなんです。
さらに当神社では、月に1回、多い時は2回、
神域にある滝で3時間の禊修行をします。
余計なことは一切考えず、
「祓へたまえ清めたまえ……」と
祝詞だけ唱えていく。
そうすると精神がスーッと浄化されていくんですよ。

(山本)
挨拶と掃除にこだわっているのには
理由がありましてね。
先代が亡くなり宮司を継いで20年になるんですけど、
先代は大正12年の生まれで戦争経験者ですから、
とにかく厳しい人でした。
先代と同じようにはできないし、
いまの若い子には全く通じません。

そこで宮司になってまず始めたのが、
箒を持ち一人で参道を掃除し、
参拝に来られる方々に「おはようございます」と
元氣よく挨拶することでした。
そうしたら「おはようございます。
綺麗にしていただいてありがとうございます」
と感謝されたんです。
ああ、これだなと思い、
全職員で挨拶と掃除に取り組むことにしました。

(池田)
その実践の体験が宮司にとっての
原点となっているのですね。
2022/05/22

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