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      次代に輝く住まいを創る

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〒971-8134 福島県いわき市鹿島町飯田字八合22

一語履歴WORD vol.130

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一語履歴 vol.130
食こそが生きる原点...
一語履歴 vol.129
ビジネスで大事なたった2つ...
一語履歴 vol.128
イチロー選手の目標設定...
一語履歴 vol.127
将らず、迎えず、応じて...
一語履歴 vol.126
勝ち続けるために...
一語履歴 vol.125
苦は楽のために...
一語履歴 vol.124
真の恩返しは...
一語履歴 vol.123
日本人が知っておくべき日本の...
一語履歴 vol.122
ごめんなさいね...
一語履歴 vol.121
遺伝子のスイッチ...
近年、食に対する健康志向が高まり、
自然食やマクロビオティックなどに
注目が集まっています。

そんな中、約30年にわたって玄米給食を実践し、
心身共に豊かで健康な子どもたちを育てているのが
福岡市の高取保育園です。

テレビでも紹介され、全国各地から
入園希望者が絶えない同園の園長を務める
西福江さんが語った「食育がもたらす命の躍動」、

      「食こそが生きる原点」

      西 福江(高取保育園園長)

昭和43年の園創立の頃から食に関心を持っていた私が
玄米給食を始めたのは、約20年後の平成元年。

皮膚がジュクジュクになったり、
喘息になったりする子が増え始めた頃のことでした。

いまでこそアレルギー症状であることが明らかになっていますが、
当時は原因も分からず、多くの園でそういう子が
受け入れてもらえないという事態にまでなっていました。

専門医や保護者と関わり続ける中で
見えてきたのが食生活との関わりでした。

高脂肪、高タンパクの洋食が増え、
冷凍食品や出来合いの総菜が広く普及するにつれて、
これらの症状も急増していたのです。

私たちは食について勉強会を始め、
それまで与えていたお菓子をやめ、白米を玄米に切り替え、
野菜も調味料も無添加のものにしました。

いまのように自然食が知られていない時代でしたが、
私たちの熱意が通じたのか、保護者からの反対意見は聞かれませんでした。

それどころか、アレルギー症状が軽減した園児が
1人、2人と増えるにつれて、地元はもとより
遠方からの入園希望者が相次ぐようになりました。

アレルギー症状だけでなく、年少児の「かみつき」も確実に減っていき、
先生の話を聞く姿勢も明らかによくなってきました。

そして、何より嬉しかったのは、
園でのこの取り組みが家庭に、
そして地域社会に広まりを見せていったことです。

食を躾けられた園児たちは家でも和食を好んで口にし、
添加物は無意識に遠ざけようとします。

それは家族を感化し、お母さんと一緒に
調理をするようになった子も増えていきました。

私には忘れられない一組の親子がいます。

平成20年に33歳の若さで亡くなった安武千恵さんと
当園に通っていた娘のはなちゃんです。

千恵さんは末期のがんに侵されながらも
笑顔で台所に立ち、5歳になるはなちゃんに
味噌汁の作り方を教えました。

千恵さんは、

「食べることは生きること。
 たくましく生きて」

といつもはなちゃんに
語り掛けていたそうです。

千恵さんが亡くなった後、
はなちゃんは大好きなお父さん・信吾さんのために
毎朝、千恵さんに教わった味噌汁を作るようになり、
それはいまも続いています。

それがどれほど信吾さんの力になっているか、
きっと計り知れないものがあるはずです。

この実話は「はなちゃんのみそ汁」という題で
ドラマ化され、本にもなりましたので、
ご存じの方もいらっしゃるでしょう。

このように生きる原点には食があり、
そこに人と人との絆や交流が生まれるのです。
 
2015/03/16
松下幸之助さんの言葉

岩井さんは28年間、
松下幸之助さんの身近にお仕えした人です。
それだけにその話は貴重な教えに満ち、
経営に携わる者にとって得難い学びの時間となりました。

岩井さんは松下さんが登壇されたビデオも
いくつか見せてくれたのですが、
その中に松下さんが外国の記者から
インタビューを受けているものがありました。

「ビジネスマンにとって一番大事なものは何ですか?」
という記者の質問に松下さんは
「それは愛されることです」
と即答されました。

そして、
「そのためには奉仕することです」
と付け加えられました。

シンプルな答えですが、
まさに本質をついたことを
さらりと言われる姿に深い感動を覚えました。

次に外国の記者は
「松下さんは『人間観の提唱』という本を書いているが、
 その中に書かれていることを松下の社員はできていますか」
と質問しました。

それに答えて、松下さんは言います。
「近くのものは分からない。
 こういうことは遠くにいる者の方から分かってくる。
 そして、遠くの方が分かってきたら、
 近くのものが分かってくる」

外国人記者のちょっと意地悪な質問に
松下さんはユーモアを交えて、
こう返されました。

現実というものをよく把握した人の言葉です。

仕事を通して、道に至った人でなくては
こういう表現はできないでしょう。

3つ目は岩井さん自身が松下さんの話を聞き、
深く心に留められた話です。
松下さんの言葉。

「知識は大事ですな。
 しかし、知識だけでは役に立たん」

その通りですね。

「その知識に熱意を掛け算する。
 そして経験をプラスする、
 そこに知恵が生まれる」

拳々服膺(けんけんふくよう)したい深い言葉です。

最後に、こんな話もありました。

「100することがあって3つしかできていないと、
 普通の人は“100あるのにまだ3つしかできていない”という。
 しかし、松下さんは“3つもできた”といういい方をする人でした」

前者の言葉遣いだと、
大変だという思いに打ちひしがれてしまいます。
「3つもできた」と考えると、
そこに可能性が生まれ、未来がひらけてきます。

松下さんは常にこういう考えで
90余年の人生を歩んでこられたのでしょう。

私たちもまた、その姿勢に学びたいものです。
 
2015/03/15

専門の英語学のみならず
歴史、古典、修養、時事問題など
あらゆるジャンルに精通し、
“現代の碩学”と称される
上智大学名誉教授・渡部昇一氏。

84歳のいまなお『論語』を心の支えに
自分を磨き続けているといいます。

  「苦悩の中で掴み取った『論語』の教え」

   渡部昇一(上智大学名誉教授)

渡部 私も好きな『論語』の言葉を挙げれば、切りがありませんが、
   人生の折々に拳々服膺してきた章句をいくつか申し上げますと、
   例えば、次の言葉があります。 

子曰わく、弟子入りては則ち孝、謹みて信、
汎く衆を愛して仁に親しみ、行いて餘力あれば、則ち以て文を学べ。

これは私が学生の頃、絶えず頭から離れなかった章句です。

というのも、私が大学1年生の夏、郷里の親父が失業しましてね。
私は自分の行く末について随分と悩みました。

私は末っ子ですが兄が亡くなっていて、
あとは姉だけですから家を継がなくてはいけない。

しかも、孔子は、

「親と一緒に家にいる時は孝を尽くし、
 親を養って余力があるならば学べ」

と教えているわけですから、
自分も大好きな学問を諦め、
仕事に就いて親を養うべきなのだろうか、
と悶々としたんです。

伊與田 いまとは違って親孝行がとても
    大事にされた時代でしたからね。

渡部 それで私は一つの覚悟をするんです。

いまは親は養えないけれども、
親には一切世話にならないで学問を続けよう、と。

手前味噌で恐縮ですが、それでも私は随分親を助けました。

大学院に進んだら兼任講師として女子高で教えましたから、
その頃から毎月仕送りをして親を養い始めたんです。

山形の実家は田舎なので家はあるし
食うに困ることはないんですが、
いまみたいに年金がない時代ですから、
とにかく家に現金がなかったんですね。

そのうちに私に留学の話が舞い込んできました。

講師のアルバイトを辞めると、
親に仕送りもできなくなります。

そこで女子高を経営する修道院に談判して、
後で返済することを条件に3年間、
私に代わって親に仕送りをしてもらったんです。

そして留学を終えた後、
給料の半分を払って6年かかって返済しました。

だから、この章句は私にとって実に実に重いものでした。
うっかり人には勧められないという思いがいまでもあります。

戦後はいまのようにアルバイトはありません。
そういう中で私も余力にもならない程度のお金で親を養い、
夏休み中の奨学金にも全く手をつけずに家に入れましたからね。

普通の学生は余力がなくても文を学ぶんです。
親を養いながら学問を両立させたのは、私の誇りでもあります。
 
2015/03/14

868本――。

王貞治氏が打ち立てた通算本塁打の世界記録は、
30年以上経ったいまなお、破られるどころか、
脅かす存在すら出てきていません。

燦然と輝く大記録を成し遂げさせたものは
何だったのでしょうか。

   「プロは絶対にミスをしてはいけない」

   王貞治(福岡ソフトバンクホークス取締役会長)

王 そういえばホームランを打ち始めた頃、
  「王シフト」という守備態勢を
  敷かれたこともありました。

打席に入ると、相手チームの野手が
6人も右半分に寄っていたのには驚きましたね。

荒川 左に打たせてフォームを崩させようとしたんだね。

王 そうですね。

けれども僕は、
率を打つことが目標ではなかったですからね。

来た球を強く打って、なおかつスタンドに入れることが
自分本来の打ち方だと思っていましたから。

荒川 物の考え方がそもそも違うんだよ、我々は。
   何百人守ったって、球がその上を行きゃいいんだから(笑)。

王 何人守っていようが、真芯で打てば野手の間を抜ける、
  角度がつけばスタンドへ行く、ということで、
  シフトを敷かれたことはあまり問題ではありませんでしたね。

むしろあのシフトは、
何があっても自分がよりよい打球を打てばいいんだと、
もう一段階、僕の気持ちを高めさせてくれました。

荒川 そうだ、相手は関係ないよ。

王 僕の現役時代には、
  一球一球が文字どおりの真剣勝負で、
  絶対にミスは許されない、
  と思いながら打席に立っていました。

よく「人間だからミスはするもんだよ」と言う人がいますが、
初めからそう思ってやる人は、必ずミスをするんです。

基本的にプロというのは、ミスをしてはいけないんですよ。
プロは自分のことを、人間だなんて思っちゃいけないんです。

100回やっても、1000回やっても絶対俺はちゃんとできる、
という強い気持ちを持って臨んで、初めてプロと言えるんです。

相手もこちらを打ち取ろうとしているわけですから、
最終的に悪い結果が出ることはあります。

でも、やる前からそれを受け入れちゃダメだということですよね。

荒川 初めからミスが許されたら、これはもう、
   人間として堕落してしまうよ。

職業によっては、そのミス一つで
破産に至る場合もあるんだから。

王 真剣で斬り合いの勝負をしていた昔の武士が
  「時にはミスもある」なんて思っていたら、
  自らの命に関わってしまう。

だから彼らは、絶対にそういう思いは
持っていなかったはずです。

時代は違えど、命懸けの勝負をしているかどうかですよ。
 
2015/03/12

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