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      次代に輝く住まいを創る

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一語履歴WORD vol.280

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一語履歴 vol.280
「眺望は人を養う」...
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空手道一筋に歩んでこられた...
一語履歴 vol.278
アメリカ合衆国のハワイ州知事を務めた...
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座禅は心を...
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人間、誰しも...
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宝石を捨てて砂利を拾う...
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「みてござる」...
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森信三...
平成の元号も再来年の4月いっぱい。

内平らかにして外成る――
内が平らかであって初めて
外を調(ととの)えていくことができるという意味です。

「眺望は人を養う」
素晴らしい眺めが人の心を養い、
人を育ててくれるということです。

子どもの頃に見た山や川や海がみせてくれた眺望。
それが無意識のうちに人格形成に及ぼした影響は
測り知れないものがあると思います。

そして、それは大自然の眺望だけではありません。
1人の人間がその生き方でみせる眺望、
人間が織り成す眺望も人を養い、育ててくれます。

心の中にはるかに見晴るかす眺望を持っていたいものです。

「金がないから何もできないという人間は、
金があっても何もできない人間である」

シンプルですが、人生の真理を突いた言葉です。
金を時間に代えても同じです。
言い訳は敗北の前兆と知っておきたいものです。

羽生善治氏の言葉。
「10年、20年、30年、同じ姿勢、同じ情熱を傾けられることが才能だと思う」
この才能は、「本当の才能」と言い換えてもいいかもしれません。
天才といわれる人ほど、この言葉を全うできないかもしれません。

一生一事一貫。
一道を歩む者の範としたい言葉です。

鈴木大拙翁の言葉。

「一歩一歩上がればなんでもないぞ。
 一歩一歩努力すれば、いつの間にか、高いところに上がっているものだぞ」

長年アメリカにいた翁は90歳の時、
鎌倉東慶寺の上にある松ヶ丘文庫に住んでいたといいます。
そこに行くには130の階段を上がらなければなりません。
ある人が「90歳を超えて、130の階段を上って帰るのは大変でしょう」といった時に、
翁が答えたのが先の言葉です。

「求道は一生」と覚悟した人ならではの言葉でしょう。
懦夫(だふ)を奮い立たせる言葉です。
 
2017/12/15

漆芸家で人間国宝の室瀬和美さん。
漆の道を歩んでいく上で最も刺激的な学びを得たのは、
蒔絵の人間国宝・松田権六さんだったと言います。

室瀬 和美(漆芸家/人間国宝)
   
──いまでも印象に残っている松田先生の教えはありますか。

教えは本当にいっぱいありましたけど、特に私が後進に伝えているのは、
ものをつくる作家として生きていくために必要な「三つの学び方」のお話です。

松田先生がおっしゃるには、学び方には三つの段階があって、
まず第一段階は「人から教わる」ことだと。

学校の先生や先輩、職人であれば師匠から直接教わる。

そして第二段階は、「ものから教わる」。

だいたいの人が、「先生から学んで、勉強になりました」で
終わってしまうけれども、実はその教えてくれた先生も
一世代前の人に教わったことを伝えてくれているわけだから、

せいぜい、三代前くらいの技術しか教われない。

ただ、例えば漆工芸では、千年前につくられた作品がいまなお腐らずに残っている。

その千年前の技術や、途中で途絶えてしまった仕事を教えてくれるのは、
人ではなく、作品そのものがいろいろな情報を出してくれるんだよと。

──千年前の作品が教えてくれる。

ただ、「ものから教わる」といっても、
ものが喋ってくれるわけではないですから、
学生の私には全然ピンときませんでした。

そして、最後の第三段階の学び方は、「自然から学ぶ」。

人やものから学ぶことは あくまで先人や既に形あるものから教わることであって、
自ら作品を創り出していくことには繋がらないと。

要するに松田先生は、木々や風や日光など、
四季折々に変化する自然から生まれるエネルギーをキャッチし、
それを自分の表現にどう生かしていくかが、創作者として最も大事だと言うんですね。

そして、平安、鎌倉、江戸時代の人も、
それぞれ皆その時代に感じたものを表現しているのであって、
彼らの真似をしてもしょうがない。

君はいま生きている時代に感じたものを表現するんだと。
 
2017/12/13

人間の生き方を深く探究した先哲の一人に
京都大学総長を務めた脳神経解剖学の
世界的権威・平澤興先生がいらっしゃいます。

平澤 裕(平澤興先生ご子息)
   
父・平澤興が88歳で亡くなり早28年。
4半世紀以上の歳月を経たいまもなお、数々の著作や
講話録をとおして多くの人たちに生きる力を与え続けていることに、
息子として深い尊敬の念を禁じ得ません。

今年75歳を迎えましたが、
父の達した年齢に近づけば近づくほど、その偉大さを実感するばかりです。
 
私は昭和17年、4男5女の9人きょうだいの末っ子に生まれました。
大学を卒業し東京の会社に就職するまでの22年間と、
32歳で結婚してから父が他界するまでの14年間をともに暮らしていたため、
きょうだいの中で最も長く身近に接し、薫陶を受けてきたといえるでしょう。
 
京都大学総長を務め、脳神経解剖学の世界的権威として知られる父ですが、
多忙な中でも子供たちと接する時間を見つけ、細かいことにこだわらず、
各々の個性を伸ばすように育ててくれました。
 
高校時代、私は勉強そっちのけでラグビーに打ち込んでいました。
一年生の夏休み前、父からクラブ活動をやめて
医者になるための勉強をするように言われたことがあります。
しかし、当時の私は父の戒めを聞き入れず、大学でもラグビーを続けました。
 
巷では、京都大学の総長の息子が勉強しないでラグビーばかりやっていると揶揄され、
父もさぞ心苦しかったと思いますが、
それ以降、医者になれとは二度と口にしませんでした。

むしろ大学3年生の時に出場した第1回日本ラグビーフットボール選手権大会で、
八幡製鉄や近鉄といった強豪社会人チームを下し、
我われ同志社大学が日本一に輝くと、
そこまで熱心にやるのならと応援してくれるようになり、
講演などでも私の活躍ぶりを話していたそうです。
 
いま振り返ると、父の期待に反してやりたいことばかりやっていた自分は
何と親不孝者だったかと恥じ入るばかりですが、
子供の意思や個性を尊重してくれたことは感謝しても感謝しきれません。
 
もう一つ、いまも決して忘れられない父との思い出があります。
小学校3年生の時、給食費として母から預かったお金を黙って使い、
お菓子を買ってしまったことがありました。
そのことが母に見つかった日の夜、私は父の部屋に一人呼び出されました。

「悪事を働くな。卑怯なことはするな。
もしお金が欲しいんだったらちゃんと言いなさい」
と懇々と説き諭した後、何とたくさんのお菓子を与えてくれたのです。
 
単なる説教だけだったら、ここまで鮮明に私の心に刻まれることはなかったでしょう。
飴と鞭の如き父の慈愛に満ちた粋な計らいに、
もう絶対に同じ過ちは繰り返すまいと、固く誓いました。
 
2017/12/09
平成の元号も再来年の4月いっぱい。

内平らかにして外成る――
内が平らかであって初めて
外を調(ととの)えていくことができるという意味です。

「眺望は人を養う」
素晴らしい眺めが人の心を養い、
人を育ててくれるということです。

子どもの頃に見た山や川や海がみせてくれた眺望。
それが無意識のうちに人格形成に及ぼした影響は
測り知れないものがあると思います。

そして、それは大自然の眺望だけではありません。
1人の人間がその生き方でみせる眺望、
人間が織り成す眺望も人を養い、育ててくれます。

心の中にはるかに見晴るかす眺望を持っていたいものです。

「金がないから何もできないという人間は、
金があっても何もできない人間である」

シンプルですが、人生の真理を突いた言葉です。
金を時間に代えても同じです。
言い訳は敗北の前兆と知っておきたいものです。

羽生善治氏の言葉。
「10年、20年、30年、同じ姿勢、同じ情熱を傾けられることが才能だと思う」
この才能は、「本当の才能」と言い換えてもいいかもしれません。
天才といわれる人ほど、この言葉を全うできないかもしれません。

一生一事一貫。
一道を歩む者の範としたい言葉です。

鈴木大拙翁の言葉。

「一歩一歩上がればなんでもないぞ。
 一歩一歩努力すれば、いつの間にか、高いところに上がっているものだぞ」

長年アメリカにいた翁は90歳の時、
鎌倉東慶寺の上にある松ヶ丘文庫に住んでいたといいます。
そこに行くには130の階段を上がらなければなりません。
ある人が「90歳を超えて、130の階段を上って帰るのは大変でしょう」といった時に、
翁が答えたのが先の言葉です。

「求道は一生」と覚悟した人ならではの言葉でしょう。
懦夫(だふ)を奮い立たせる言葉です。
 
2017/12/15

漆芸家で人間国宝の室瀬和美さん。
漆の道を歩んでいく上で最も刺激的な学びを得たのは、
蒔絵の人間国宝・松田権六さんだったと言います。

室瀬 和美(漆芸家/人間国宝)
   
──いまでも印象に残っている松田先生の教えはありますか。

教えは本当にいっぱいありましたけど、特に私が後進に伝えているのは、
ものをつくる作家として生きていくために必要な「三つの学び方」のお話です。

松田先生がおっしゃるには、学び方には三つの段階があって、
まず第一段階は「人から教わる」ことだと。

学校の先生や先輩、職人であれば師匠から直接教わる。

そして第二段階は、「ものから教わる」。

だいたいの人が、「先生から学んで、勉強になりました」で
終わってしまうけれども、実はその教えてくれた先生も
一世代前の人に教わったことを伝えてくれているわけだから、

せいぜい、三代前くらいの技術しか教われない。

ただ、例えば漆工芸では、千年前につくられた作品がいまなお腐らずに残っている。

その千年前の技術や、途中で途絶えてしまった仕事を教えてくれるのは、
人ではなく、作品そのものがいろいろな情報を出してくれるんだよと。

──千年前の作品が教えてくれる。

ただ、「ものから教わる」といっても、
ものが喋ってくれるわけではないですから、
学生の私には全然ピンときませんでした。

そして、最後の第三段階の学び方は、「自然から学ぶ」。

人やものから学ぶことは あくまで先人や既に形あるものから教わることであって、
自ら作品を創り出していくことには繋がらないと。

要するに松田先生は、木々や風や日光など、
四季折々に変化する自然から生まれるエネルギーをキャッチし、
それを自分の表現にどう生かしていくかが、創作者として最も大事だと言うんですね。

そして、平安、鎌倉、江戸時代の人も、
それぞれ皆その時代に感じたものを表現しているのであって、
彼らの真似をしてもしょうがない。

君はいま生きている時代に感じたものを表現するんだと。
 
2017/12/13

人間の生き方を深く探究した先哲の一人に
京都大学総長を務めた脳神経解剖学の
世界的権威・平澤興先生がいらっしゃいます。

平澤 裕(平澤興先生ご子息)
   
父・平澤興が88歳で亡くなり早28年。
4半世紀以上の歳月を経たいまもなお、数々の著作や
講話録をとおして多くの人たちに生きる力を与え続けていることに、
息子として深い尊敬の念を禁じ得ません。

今年75歳を迎えましたが、
父の達した年齢に近づけば近づくほど、その偉大さを実感するばかりです。
 
私は昭和17年、4男5女の9人きょうだいの末っ子に生まれました。
大学を卒業し東京の会社に就職するまでの22年間と、
32歳で結婚してから父が他界するまでの14年間をともに暮らしていたため、
きょうだいの中で最も長く身近に接し、薫陶を受けてきたといえるでしょう。
 
京都大学総長を務め、脳神経解剖学の世界的権威として知られる父ですが、
多忙な中でも子供たちと接する時間を見つけ、細かいことにこだわらず、
各々の個性を伸ばすように育ててくれました。
 
高校時代、私は勉強そっちのけでラグビーに打ち込んでいました。
一年生の夏休み前、父からクラブ活動をやめて
医者になるための勉強をするように言われたことがあります。
しかし、当時の私は父の戒めを聞き入れず、大学でもラグビーを続けました。
 
巷では、京都大学の総長の息子が勉強しないでラグビーばかりやっていると揶揄され、
父もさぞ心苦しかったと思いますが、
それ以降、医者になれとは二度と口にしませんでした。

むしろ大学3年生の時に出場した第1回日本ラグビーフットボール選手権大会で、
八幡製鉄や近鉄といった強豪社会人チームを下し、
我われ同志社大学が日本一に輝くと、
そこまで熱心にやるのならと応援してくれるようになり、
講演などでも私の活躍ぶりを話していたそうです。
 
いま振り返ると、父の期待に反してやりたいことばかりやっていた自分は
何と親不孝者だったかと恥じ入るばかりですが、
子供の意思や個性を尊重してくれたことは感謝しても感謝しきれません。
 
もう一つ、いまも決して忘れられない父との思い出があります。
小学校3年生の時、給食費として母から預かったお金を黙って使い、
お菓子を買ってしまったことがありました。
そのことが母に見つかった日の夜、私は父の部屋に一人呼び出されました。

「悪事を働くな。卑怯なことはするな。
もしお金が欲しいんだったらちゃんと言いなさい」
と懇々と説き諭した後、何とたくさんのお菓子を与えてくれたのです。
 
単なる説教だけだったら、ここまで鮮明に私の心に刻まれることはなかったでしょう。
飴と鞭の如き父の慈愛に満ちた粋な計らいに、
もう絶対に同じ過ちは繰り返すまいと、固く誓いました。
 
2017/12/09

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