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お母さんはあなたの世界で第一号のファン (大坪) 私が紹介したいのは、戦後日本における漫画界の第一人者、手塚治虫の母・文子です。 治虫の家庭は比較的裕福で、新し物好きの父が収集した、 当時は珍しかった漫画が本棚に並んでいました。 そのような環境も彼の才能を引き出した要因の一つだといえますが、 それ以上に大きかったのが母の存在だと思います。 例えば、軍人の娘として厳しい躾を受けて育った文子は、 幼少期にいじめられっ子だった治虫に 「堪忍しなさい」「我慢しなさい」と常に言い聞かせていました。 (岡田) ああ、我慢が大事だと。 (大坪) 後に治虫は、 「癇癪持ちだった自分が大人になって何とか腹の虫を抑えることができたのは、 母から教わった忍耐のおかげかもしれない」と言っています。 彼の中で母の言葉がどれだけの重みを持って響き、 心に長く残っていたかがよく分かるエピソードです。 それから、治虫が小学生の時、授業中に漫画を描いているのが先生に見つかり、 怒られたことがありました。 当時は漫画の価値が世間に十分認められておらず、市民権を持っていなかったのです。 それで文子も学校に呼び出されて、漫画を描くのを止めさせるように怒られます。 ところが、家に戻ってきた文子は、 「どんな漫画を描いているのか見せてちょうだい?」と尋ね、 治虫が持ってきたノートを何も言わずに最後までじっくり読み、こう言いました。 「治(治虫の本名)ちゃん、この漫画はとても面白い。 お母さんはあなたの漫画の、世界で第一号のファンになりました。 これからお母さんのために、面白い漫画をたくさん描いてください」。 (岡田) 母の愛のひと言に励まされる治虫の姿が目に浮かびますね。 大坪 おそらく、その文子のひと言がなかったなら、 私たちが知っている手塚治虫はおらず、いまの漫画界も変わっていたでしょう。 絶対肯定の母の愛が、子供の才能を伸ばす (大坪) その後も、医学部に進んだ治虫が医学と漫画の両立に悩んで、母に相談すると、 「あなたは漫画と医者のどっちが好きなの?」 「漫画です」「じゃあ、漫画家になりなさい」と、あっさり答えたそうです。 治虫は後年、この時のことを振り返って、「母はいいことを言ってくれたと思います。 母のこのひと言で決心がつき、本当に充実した人生を送ることができました」と 自伝に感謝の言葉を記しています。 (岡田) 普通の親なら「漫画家になって生活できますか? 医者になりなさい」と答えますね(笑)。 (大坪) そうですね(笑)。「いまのあるがままのあなたでいいのよ」という損得を顧みない、 絶対肯定の無条件の母の愛が治虫の才能を伸ばし、天才を育てたのです。 子どもが自分に自信を持つ自尊感情は、親から褒められることによって育っていきます。 コペルの幼児教室でも、子どものことを親が皆の前で褒めてあげる時間があります。 そして、私たちは親を褒めてあげる(笑)。 というのは、自分が褒められた経験がないと、 子どもをうまく褒めることができないからなんですね。 それに何よりも褒めることで親が元気になって、また子育てを頑張れるんです。 |
2019.09.23 |
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