本文へスキップ

      次代に輝く住まいを創る

TEL. 0120-815-711

〒971-8134 福島県いわき市鹿島町飯田字八合22

一語履歴WORD vol.570

過去の一語履歴を見ることが出来ます。

一語履歴 HOME
 
一語履歴 vol.570
提案...~努力即幸福...
一語履歴 vol.569
企業永続のヒント...~生き方を知る...
一語履歴 vol.568
自分の工夫...~信念...
一語履歴 vol.567
心の糧...~苦手なものをなくす...
一語履歴 vol.566
品質...~大局を見よ...
一語履歴 vol.565
笑い...~仕事...
一語履歴 vol.564
支える...~成功に対して...
一語履歴 vol.563
批判は根性をつける...~頷き...
一語履歴 vol.562
汝の足下を掘れ...~10年続けると変わっていく...
一語履歴 vol.561
昭和の日...
東京帝国大学の林学博士として長きにわたり教鞭をとる傍ら、
日比谷公園のほか数百の公園を設計し
「公園の父」と呼ばれた本多静六(ほんだ・せいろく)。

私たちが祖父静六から引き継いだ訓え、あるいは家風と言えば、
我が家には「人生即努力、努力即幸福」の書が掛けられていました。
祖父はこれをいつも口癖のように言っていましたし、
人に頼まれて何か書く場合にもこの言葉を書きました。

また、これは祖父が実践していたことで、
私が引き継いでいるわけではありませんが、
祖父は食後の休息、唾眠を心がけていました。
勤めから帰ってきて夕飯を食べるとすぐに寝ます。
それで夜中に起き出して朝方まで書き物の仕事をしていました。
昼もそうで、昼食の後に家にいれば昼寝を1、2時間して、
それからまた書き物をしていました。

祖父は85歳で亡くなりましたが、
120歳まで生きるとよく言っていました。
健康には自信を持っていたのです。その祖父の健康法の一つが、
この食後の休息、睡眠にあったのは確かです。

祖父はまた、生涯「倹約」を通した人でしたが、
晩年の多額の寄付や、到来物のおすそ分けの実践などを
考えても決してけちではありませんでした。
祖父の残した人生訓にはまた次の言葉があります。

「感謝は物の乏しきにあり。幸せは心の恭倹にあり」

物が乏しいほど心はむしろ豊かに幸せになるというのです。
現代日本の荒涼とした精神風土に
物質的繁栄が関係していることは否定できないと思います。

「物を求めず、何事にも努力し、心を恭倹に保ちさえすれば、
誰もが幸せな人生を送ることができる」

祖父・本多静六は私たちにそう語りかけているのです。
2021/06/07
童謡を歌い、子供たちと一緒に心を養いたい―
その思いで30年以上にわって童謡を歌い続けてきた
日本国際童謡館館長の大庭照子さん。

〈大庭〉
以前、ある中学校に行った時のことです。
どんなに注意しても、生徒たちがずっとソワソワして
じっとしていられないのです。
ただ、単なる行儀が悪いというのとは違ったのです。
コンサートが終わった後、

「この地域は厳しい環境で育った子どもたちが多く、
赤ちゃんの時に抱っこされたり、
言葉を掛けられたりする経験が少ない子が多いのです。
その結果が出ているのです」

と先生が教えてくださった時の驚きを覚えています。

私は童謡もまた、幼児期には言葉掛けと同じくらい
大切なものだと思っています。
現在、学校関係のほかに産婦人科で赤ちゃんを対象とした
子守唄コンサートや老人介護施設で認知症の方を相手にコンサートを開催するなど、
聴衆が全世代へと広がり、その思いはますます強くなりました。

中には童謡を子どもの歌、簡単な歌と思っている方もいるかもしれません。
しかし、私はクラシックからシャンソン、
演歌などジャンルにとらわれず歌っていますが、
一番難しいのは童謡だと感じます。

誰にでも分かるやさしい歌詞とシンプルなメロディーで感動を伝えるには、
テクニックだけではダメなのです。一フレーズ、いや一言一言を疎かにせず、
心を込めなければ歌い切れないのです。
童謡をしっかりと歌えるようになったら、
どんなジャンルでも歌えるようになる。それが私の持論です。

しかし、かく言う私も童謡を歌い始めたばかりの頃は、
「子どもの目線で、明るく、かわいく」と勘違いをして歌っていました。
しかし、子どもの真似をするのなら、子どもが歌ったほうがいいのです。
人生の山坂を乗り越え、辿り着いたいまの自分の人生を
素直に歌に込めるからこそ、相手の心に響く。
それは聴衆が大人でも子どもでも同じこと。
そういう意味で、私は童謡は「人生の歌」だと思います。
2021/06/05
陸上自衛隊、海上自衛隊に
それぞれ特殊部隊を創設した荒谷卓さんと伊藤祐靖さん。

(伊藤) 
荒谷さんは特殊作戦群の人材を育てていく上で、
特にどんなことを意識していましたか。

(荒谷) 
実際に訓練などが始まり、
私が「これまでの陸上自衛隊にない、
特殊部隊になるための訓練をしよう」と呼びかけると、
一般部隊では実力を発揮する場がなかった彼らが、
「これはこうしましょう」「ここはこうしたらどうでしょう」と、
どんどん自分の意見を持ってくるんです。

だから、通常、平隊員の提案は指揮系統に従って
順々に上がってくる仕組みになっているところを、
特殊作戦群では全部廃止しました。
駆け込みでもいい、提案書もいらない、
とにかくやりたいことがあれば直接俺(特殊作戦群長)に言ってこいと。

そして、階級にとらわれず提案者はその企画のリーダーとなり、
上級者がそれに協力する雰囲気をつくっていきました。

(伊藤) 
階級、役職は関係ないと。
縦社会の自衛隊組織ではなかなかできることではありませんね。

(荒谷) 
でも、そうすると本当に驚くほど皆が生き生きし始めて、
伊藤さんと同じように、私が黙っていても自分たちで
訓練内容や作戦を考えるなど、理想とする部隊が
オートマチックにでき上がっていったんですよ。

これが「下の階級のくせに生意気言うな」みたいな組織風土だと、
皆沈黙して何も提案してこなくなったと思います。
2021/06/04

バナースペース

展示場 櫛田建設株式会社

〒971-8134
福島県いわき市鹿島町飯田字八合22
福島テレビハウジングプラザ内

Mail infous@kushida-web.com
TEL 0246-76-0255
FAX 0246-76-0256
定休日:水曜日