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      次代に輝く住まいを創る

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一語履歴WORD vol.571

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原点...~意識...
各界の超一流たちを追い求め、
鋭い評論を展開してきた山本益博さん。
厳しい将棋の世界で鎬(しのぎ)を削りつつ、
藤井聡太二冠を筆頭に優れた弟子の育成でも注目を集める杉本昌隆さん。

〈山本〉
僕はイチローさんに3度お目にかかってお話を伺っているんですが、
あの人は全打席ヒットを打ちたいと思って打席に立つんですって。

野球って3割打てば一流でしょう。でも彼の理想は10割なんだと。
だから、一打席でも打てなかったら悔しくてしょうがないし、
ヒットが一本も出なかった日は夜中に宿舎で何時間も素振りをするので、
仲間から迷惑がられたそうです。悔しさの度合いが尋常じゃないんです。

〈杉本〉
それは、やらなければならないと思ってする素振りとは、
全く意味合いが違いますね。

〈山本〉
おっしゃる通りです。

僕がイチローさんにどうしても直接お話を伺いたいと思ったのは、
テレビの特番を見たことがきっかけでした。
彼は、アメリカのメジャーリーグに移った最初の年から大活躍して、
夏のオールスターゲームにも出場することが決まりました。
その時に企画された特番のインタビューの一番最後に、
すっくと立って言ったんです。

「僕のやってることにはすべて意味がありますから、
よく見ていてください」と。

それを聞いて、彼の行動を丁寧に見ていくと、
確かにいろんな法則が見て取れる。
1回の表にライトの守備位置に着く時に、
どこからグラウンドへ出て行って、
何歩で白線を越えてっていうところから全部決まっていて規則性がある。

その中でちょっと面白いなと思ったのが、
ヒットで出塁した時に、彼は一塁のベース上で
人差し指をヘルメットの右の耳穴に入れるんですよ。

なんでかなと思ってお目にかかった時に聞いたら、
イチローさんはしばらく考えて、「リセット」っておっしゃったんです。

クリーンヒットで出塁するのも嬉しいけど、
ボテボテのゴロで間一髪セーフになった時も笑っちゃいたいほど嬉しいと。
でもそれを相手に覚られると戦いに影響するから、
気持ちを切り替えるためにやり出したそうです。
それが人から尋ねられてもすぐ答えられないくらいに無意識のルーティーンになったんだと思うと。

その話を伺った時から、イチローさんを追いかけるのは面白いと思ったんです。

杉本さん独自の席を外されるタイミングってありますか。

〈杉本〉
私の場合、特に意識はしていないんですけど、
わりと早い段階で席を外すらしいですね。
時には対局が始まって一手目を指す前に席を外すこともあります。
そういう時はトイレで鏡を見て、
「いまからやるぞ」って改めて自分に言い聞かせているんです。

藤井二冠は、初手を指す前に必ずお茶を飲むんです。
だから彼のルーティーンは「初手お茶」とよく言われていますけど、
本人は意識していないようです。

〈山本〉
そういうのは、間合いを取るという意味合いもあるんでしょうか。

〈杉本〉
あるかもしれませんね。一度指した手は絶対に戻せませんから、
慎重にも慎重を期して選ぶんですけど、
間を取って、気持ちを落ち着けて、万全の状態で手を選ぶわけです。
2021/06/09
東京都調布市で、「さくら着物工房」を主宰する
鈴木富佐江さんはいま84歳。
戦後の混乱期、満州から日本に家族で引き揚げてきたお一人です。

(鈴木)
敗戦を迎えると、
私たちは父がすぐに帰ってくると大喜びしていました。
ところが、8月9日にはソ連が不可侵条約を破って満州に侵攻し、
日本人は命からがらの逃避行が始まりました。
8月20日頃、ロシア人たちは撫順の街へ凱旋してきて
建物の接収や傍若無人な暴行をするようになるのです。

私の家も物色され父のカメラと時計がなくなっていたそうです。
8月末には北部から逃避行の避難民が撫順に到着、
収容のために学校などあらゆる施設が使われ、
我が家にも三組の家族を収容することになりました。

驚いたのは、てっきり男だと思っていた人が
お風呂に入って母の洋服で身繕いをすると、
若くてきれいなお姉さんだったことです。
お姉さんは東京の女子大生、
夏休みで開業医のご両親のもとに帰省していらしたんですね。

ある日、おばさまがつくったカステラを闇市で売るというので、
9歳の私もお姉さんにつくってもらったお人形を抱いて
一緒について行きました。
ところが、カステラは売れずに私のお人形が大注目を集めるのです。
戦争で「贅沢は敵、玩具は贅沢品」と言われて、
可愛いものに皆飢えていましたからね。

お姉さんは近所の人たちにも手伝ってもらい
早速お人形づくりを始めると、
闇市で飛ぶように売れました。
お姉さんは徹夜をしてつくったお人形を売ったお金を
母の薬代に充ててくださいましたね。
ある時、やつれた若いおばさまがやってきて
「死んだ息子の洋服地で目を瞑った人形をつくってほしい」と。
それを聞いたお姉さんが「目を瞑ったお人形をつくるなんて……」
と大粒の涙を流す姿はいまも忘れられません。
おばさまはできあがった人形を、
まるで生きている赤ちゃんのように抱き締めていました。
そんなおばさまを見てお姉さんはお金もいただかず、
優しく励ましていました。

そのお姉さんは日本の地を踏むことなく、
収容所に行って伝染病で亡くなるんです。
お姉さんと日本で再会が叶わなかったことは
いまでも涙がこみあげます。
私が高校時代からボランティアに力を入れるようになった原点は、
お姉さんの奉仕の心、優しさの影響が大きいですね。
2021/06/08

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