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      次代に輝く住まいを創る

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一語履歴WORD vol.640


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一語履歴 vol.640
天皇陛下のお心遣い... ~神様との大事な話...
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心のどん底が納得する生き方...~魂と技術...
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徳は本なり...~学ぶ楽しさ...
一語履歴 vol.631
積善...~人生...
長崎のカトリック神父・古巣馨さんの原点は、
隠れキリシタンの伝統が息づく故郷・長崎県五島列島の
奈留島で見たお母様の姿でした。

「人前で疲れたと言うな」
これは大変な苦労を乗り越えて子供たちを育て上げた
お母様の人生観が凝縮されたような言葉でした。

(古巣)
神学校の高等部3年生の冬休み、
私は(長崎県五島列島の)奈留島に帰省しました。
家に帰っても誰もいません。
家の下の浜辺に行くと、
母が波打ち際に重ねられたトロ箱に入ったアカイカの腹を
せっせと割いていました。

「ただいま」と声を掛けると
「いま帰ってきたとな。すまんけど手伝ってくれんか」
と言われ、すぐに着替えて一緒に作業をしました。

その日は殊の外寒く、みぞれはやがて小雪に変わります。
日が暮れ始めた頃、
母は黙って立ち上がると家に戻っていきました。
私はきっと温かい料理でも
準備してくれるのだろうと思っていました。

ところが、母は電線を引っ張ってきて、
海に突き出た櫓に裸電球を吊し、
その灯りの下でまたイカの腹を割き始めるのです。

アカイカは足が早く、
スルメに加工するには
その日のうちに捌き終わらないといけません。
しかし、空腹と寒さと
いつ終わるともしれない焦燥感の中で私は呟きました。
「おふくろ、残りは明日にしようか」

すると、背を丸めたままの母は振り向きもせず
イカを割きながら
「おまえだけ早く上がって温々しとけ。
おまえは神学生だから大切にされんばたいな
(大切にされなくてはいけない立場だからな)」
と皮肉めいた言葉を口にしました。
そして、続けて言ったのです。

「人前で疲れたって言うな。
言うてしまえばそれで報いは終わる。
疲れた時は誰もおらんところで神様にそっと言え。
よかごとしてくださる」

母は代々カトリックの家に育ち、古巣家に嫁いできました。
古巣家は70人の漁師を抱える網元でしたが、
私が小学3年生の時に倒産し、
当時で10億円もの負債を抱えるようになりました。
酒に溺れるようになった父に代わって、
母は朝6時に家を出て土木作業員として働き、
6人の子供を育てるのです。

夜9時に帰ってきた時には
コールタールの臭いが染みついていました。
母が化粧をした姿を一度も見たこともないし、
参観日に顔を見せたこともありません。

祈る人の姿の最初の記憶は母でした。
毎朝、神棚の水を替え、朝夕、仏壇に膳を供える。
母は隠れキリシタンの風習を守りました。
そして、生まれながらのカトリックの祈りは、
就寝前の寝間で独りそっと唱えていました。

体を折り曲げて突っ伏している母を見て、
心配した私は母の膝を揺らして尋ねました。
「どがんしたと?」。すると母は答えました。
「いま神様と大事なお話をしているから、
ちょっと待っとってね」。

祈りとは、神様と大事な話をすること。
これが祈る人の最初の姿でした。
2022/02/24
本日2月23日は天皇陛下のお誕生日。
日本の歴史、文化を外国人の視点から見つめ、
その素晴らしさを広く発信してきた
駐日外交団長のマンリオ・カデロさんの、
改めて噛み締めたい天皇陛下のお心遣い。

〈カデロ〉
日本人の精神性の原点であり、
最も象徴的なのが天皇陛下であられるのではないかと思います。

私が日本に対して一番不思議なのは、
国民の多くが自国の成り立ちについて知らないことです。
今上陛下(平成)が125代であられることだけでなく、
初代が神武天皇であること。

また、諸説あるにせよ、神武天皇を起源とすると、
2670年以上も男系の子孫がずっと皇位を
継承していることすら知らない学生もいます。

むしろ、諸外国のほうがその事実の重みを認識しています。
だから海外では陛下のことをEmperor(皇帝)と呼ぶのです。
King(王)、President(大統領)、
Prime Minister(首相)より断然格上である
というのが世界の常識です。
国賓として来日する各国の要人は、
陛下との公式行事には最高儀礼である服装で出席します。

私は外交団長という肩書をいただいていますが、
これは名誉職であり、
特に何か権限を得るわけではありません。
しかし立場柄、陛下にお目に掛かる機会が
多いことが何よりの喜びです。

例えば、陛下が他国をご訪問される際は、
訪問国の駐日大使とともに
出発のお見送りと帰国のお出迎えをします。

また、天皇誕生日のお茶会の儀では、
各国の大使を代表して
祝賀スピーチを行う大役を仰せつかっており、
毎年どのような言葉でお祝い申し上げたら
陛下が喜ばれるか頭を悩ませるところですが、
大変光栄で身の引き締まる思いです。

そんな中でいまも心に残る思い出があります。
昼の12時から約3時間、
天皇皇后両陛下とご陪食をさせていただいた時のことです。

食事が始まると、陛下が皇太子時代に
サンマリノ共和国にいらしたことがあると
おっしゃってくださいました。
私の故郷のことを話題にすれば
話が弾むとお気遣いくださったのでしょう。
おかげであっという間の3時間でした。

楽しく過ごさせていただきましたが、
その間、部屋の中にはずっと静かに
心地よい音楽が流れていました。
私は音楽が大好きです。
日本のオーディオはさすがに素晴らしいと思い、
不躾にも陛下に質問をしました。

「この部屋に流れている音楽は
とても素晴らしく感動しました。
どのようなアンプとスピーカーを
使われていらっしゃいますか。
恐れ入りますが、拝見させていただけないでしょうか」

すると陛下はにっこり微笑まれて、
カーテンを開けてくださいました。
するとそこには小さなオーケストラがいたのです。

こんな素敵なおもてなしはあるでしょうか。
私は感動して思わず拍手をしてしまいました。
同席した他の大使も同様です。
他国の王室でも生演奏でもてなすことはありますが、
オーケストラを隠すようなことはせず、
むしろ客人に見せるようにするでしょう。

もしかすると陛下は、オーケストラが見えると、
私たちが演奏の終わるたびに拍手を
しなければいけないからと
気遣ってくださったのではないでしょうか。

あの日のことは一生の思い出であり、
改めて陛下のお心遣いに感服させられた出来事でした。
2022/02/23

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