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      次代に輝く住まいを創る

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一語履歴WORD vol.066a

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ミャンマーへの報恩 068a一番稼いでいるところで... 068b足なし禅師...
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一語履歴 vol.064
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砂時計の詩 063a愛語の力を知る 063b修練と勇気、あとはゴミ
一語履歴 vol.062
静かに自分に言いなさい 062a5打席連続敬遠... 062b人間の姿勢は...
一語履歴 vol.061
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大したことじゃない!
大したことじゃない!
大したことじゃない!
三度唱えれば大抵のことはそうなります
            ヒロコ・ムトー(「心の宅急便」主宰)

【記者:お母様が絵を学び始められたきっかけがあったのですか】

六十九歳の時に夫を亡くし、見送った一年後、
藤沢(神奈川県)のカルチャーセンターに通い始めました。

いま思うと、ずっと前からパステル画を習いたいとは
思っていたのでしょうが、そういう素振りは見せませんでした。

洋裁でも編み物でもなんでも器用な人でしたから、
才能があったのか、三年後から三年続けて
藤沢市展に入選したんです。

私たち家族の勧めもあって
七十六歳と八十三歳の時には個展も開きました。

だけど、その頃、母は大変な時期でした。
肺も腎臓も心臓も大腸も骨も、体の至る所がボロボロで、
時には弱った臓器が一斉に悲鳴を上げ始めて
救急車で運ばれることもありました。

そして八十九歳の時には大腸がんが見つかって大手術をしたんです。

母は声も小さくとても控えめな性格ですが、
誰かに弱音を吐くことはしない人でした。

人の痛みは本人が言わない限り外からは分からないものですが、
病状を思えば人の何倍もの痛みや辛さがあったのは間違いありません。

母の残した言葉があります。

「悪口を言うと十倍利子がついて返ってきます。
 払えないので言いません」

「大したことじゃない!
 大したことじゃない!
 大したことじゃない!
 三度唱えれば大抵のことはそうなります」

「たいせつな涙はうれしい時にとっておきませう」

「諦めは弱さと人生の敗北です」

これは母の死後に分かったのですが、
母はその苦しい闘病生活の中で
「雲日記」というものを描いていました。

ベッドから見える空の色や雲の変化を
はがきサイズの用紙に水彩でスケッチしたものですが、
刻一刻と変わる景色の一瞬を捉えたタッチは見事でしたね。
一つひとつには

「西の空が火のように赤く、
 特に空の雲の早い光の変化の素晴らしさに思わず描きました」

などと説明が添えられていますが、
絵も言葉も希望に満ちて、
病気の痛みや苦しさは微塵も感じられなかったんです。
 
2013.09.30

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