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本当に強くなるための努力 野村忠宏 (男子柔道60キロ級で前人未到のオリンピック3連覇) 3連覇はもちろんのこと、40歳を超えてもなお、 柔道に打ち込み続けた姿は、多くの人たちに感動と希望を与えました。 (野村) 伝統ある天理大学の柔道部には、多くの人材が集まってくるため、 トップ集団に交じっての練習は、当然辛く厳しいものとなった。 練習前になると憂鬱になることもしばしばだったが、 日々厳しい練習を積み重ねなければ、試合で勝つことは到底できない。 例えば「乱取り」といって、試合形式で6分×12本を行う実戦的な練習がある。 実際の試合時間は5分間だが、緊張感や恐怖感、 そしてプレッシャーを感じつつ戦うだけに、試合後の疲労感たるや相当のものだ。 それだけに、乱取りにおいても一本一本を 本番の如く臨めば、その疲労感たるや言語を絶するものとなる。 ところが毎日のように厳しい練習を課されていると、 強くなるための練習をしているはずが、 いつの間にか練習をこなすための練習になっていく。 自分では追い込んでいるつもりが、 「あと何分で終わるか、あと何本残っているか」 ということを常に計算しながら、淡々と頑張るようになる。 乱取りについて言えば、 6分×12本ができる練習を、するようになるということだ。 大学2年生の時に、 細川先生に突かれたのはまさにそこだった。 「そんなもん、ほんまに強くなる練習じゃないぞ」 「おまえがもし本当に上を目指すのであれば、残り時間のことを気にするな」 そして細川先生は、こう付け加えられた。 「1本目から試合のことを念頭に行け。 もし途中で苦しくなって、もう動けない、 これ以上できないと思ったら休んでもいい。 だから最初から試合をするつもりで集中してやれ」と。 オリンピックチャンピオンから直々に 言葉をいただけたことは、僕にとって大きな喜びとなる。 そしてその喜びは、練習の取り組み姿勢まで大きく変えていった。 それまでの僕は、 やる気の出ない日や気分が何となく乗らない日には、 先生から一番遠いところで練習をしていた。 少しでも先生の目の届かないところでと思うのだが、 サボって先生の顔色を窺う選手ほど、 広い視野で道場を見ている先生と目が合う。 そういった経験は誰にでもあるのではないだろうか。 細川先生からアドバイスをいただいたことを機に、 僕はその姿勢を一変させた。 その日を境に常に先生の目の前で練習をすることにしたのだ。 それは単に先生に見てもらおうというのではなく、 自分の練習を見せつけてやろうと思ったからに他ならない。 次の乱取り練習の日には、1本目から飛ばしていった。 試合と全く同じ状況をつくるのは難しいが、 試合のつもりで1本1本すべてを出し切ろうと必死に臨んだ。 当然、体にかかる負荷も相当なものとなる。 とにかく先のことは考えずに続けていくと、早くも5本目か6本目あたりで 「もうこれ以上無理だ」という瞬間が訪れた。もうすべて出し切った、やり切ったと。 「もうこれ以上できません」 そう訴え出た。先生は僕の練習状況を 目の前で見てくれているわけだから、当然聞き入れてくれるだろう。 ちょっと休ませてくれるだろう。僕はそう信じて疑わなかった。 ところが返ってきた答えは 「なんやおまえは。おまえはそんなもんか」 という厳しいひと言だった。 一瞬動揺が走ったが、 次の瞬間には「なにくそ」という意地で僕は練習を続けた。 するとどうだろう。体はふらふらだったが、 まだ練習を続けられるではないか。 自分が限界だと思っていたものは、 あくまで自分でつくったものにすぎなかったのだ。 自分の中に残された、自分でも気づかないような 微かなエネルギーを振り絞ってやる練習、 それこそが強くなるための練習であり、 試合に勝つための練習なのだということを、 僕はこの時に細川先生との 短いやり取りの中で教えていただいたのだった。 そしてこの教えが僕の競技者としての ステージを大きく押し上げてくれたことは間違いない。 その半年後に全日本の学生チャンピオンに勝ち上がれたばかりか、 大学4年でオリンピック代表の座を射止めたからだ。 誰もが努力をする。 しかし、その努力がやらされている努力なのか、 それとも強くなるために意味のある努力なのかを考える必要がある。 やらされている努力というのは、 意味のある努力を探し出す過程においては大事だと思う。 しかし、何年、何十年経っても何も気づかぬようではいけない。 強くなるためには努力が必要だが、 それはあくまで最低条件でしかないことを知るべきだろう。 |
2024.08.01 |
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