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一語履歴WORD vol.1020

次代に輝く社会を創る  櫛田建設株式会社

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一語履歴 vol.1020
この「ありがとう」の言葉  ~宝生欣哉(ワキ方下掛宝生流十三世宗家)
一語履歴 vol.1019
失敗はそれを繰り返さないための財産  ~コシノジュンコ(デザイナー)
一語履歴 vol.1018
惨敗したら針の筵に座る      ~山下泰裕(全日本柔道男子元監督)
一語履歴 vol.1017
真の闘魂とは この少しの差が 企業の教育 財は末なり 徳は身を潤す
一語履歴 vol.1016
サポート 遺伝子を伝える 助けられた言葉 国の偉大さ 行動する意識
一語履歴 vol.1015
心の守備範囲 霧の中を行けば 私一人から 失敗する十二か条 可能性
一語履歴 vol.1014
どのような人になる 愛のある目 生き方 隠れる 捉え方で結果が違う
一語履歴 vol.1013
一生の分かれ道 仕事に大事な心 書の美 発展するためには 真の名人
一語履歴 vol.1012
わが母 汝自らまさに知るべし 本当にしたいことがあったらそれをやれ
一語履歴 vol.1011
写実とは 生きている仕事 上手下手を気にしない 二つのことではない

この「ありがとう」の言葉
          宝生欣哉(能楽人間国宝:ワキ方下掛宝生流十三世宗家)

名人と称された先代の父・宝生閑師は非常に厳しく、
欣哉さんは一度も褒められたことがなかったといいます。

父には、怒られることはあっても、
亡くなる最期まで「これでいい」と、
褒められたことはただの一度もありませんでした。

私が40歳くらいの時、自宅で一人稽古をしていたら、父が帰ってきましてね。
じっと聴いていたんでしょう、しばらくすると、稽古場まで降りてきて、
「おまえの謡には景色が出てこない。
 景色が出てこなければ、お客様も分からないだろう。」
と言われたんです。

テレビに出演した際も、ちゃんと見てくれていたようで、
自宅に戻るや否いなや、父に「~のやり方が悪い」と指摘されました。

ただ、一度だけ、父から「ありがとう」と言われたことがあるんです。
病気をして弱っていた晩年の父が、上演時間の長い舞台を勤めた時のことでした。

私はその舞台には出ていなかったのですが、
終盤、父が下居(したい/片膝を立てて座った状態)
から立ち上がれるかなと心配になったんですね。

それで他の先生方にも相談をして
舞台にそっと出て行き、サポートで父の後ろについたんです。

無事舞台を終えて、しばらく経った頃でした。

父が
「あの時は何しに出てきたのかと思ったけれども、ありがとう」
と私に言ってくれたんですよ。
これが怒られてばかりだった厳しい父からの唯一の「ありがとう」の言葉でした。

褒められたわけではありませんけれども、
この「ありがとう」の言葉はいまも忘れられません。


人それぞれにこの「ありがとう」が有るのかもしれない
2026.09.03

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