一語履歴
この「ありがとう」の言葉 宝生欣哉(能楽人間国宝:ワキ方下掛宝生流十三世宗家) 名人と称された先代の父・宝生閑師は非常に厳しく、 欣哉さんは一度も褒められたことがなかったといいます。 父には、怒られることはあっても、 亡くなる最期まで「これでいい」と、 褒められたことはただの一度もありませんでした。 私が40歳くらいの時、自宅で一人稽古をしていたら、父が帰ってきましてね。 じっと聴いていたんでしょう、しばらくすると、稽古場まで降りてきて、 「おまえの謡には景色が出てこない。 景色が出てこなければ、お客様も分からないだろう。」 と言われたんです。 テレビに出演した際も、ちゃんと見てくれていたようで、 自宅に戻るや否いなや、父に「~のやり方が悪い」と指摘されました。 ただ、一度だけ、父から「ありがとう」と言われたことがあるんです。 病気をして弱っていた晩年の父が、上演時間の長い舞台を勤めた時のことでした。 私はその舞台には出ていなかったのですが、 終盤、父が下居(したい/片膝を立てて座った状態) から立ち上がれるかなと心配になったんですね。 それで他の先生方にも相談をして 舞台にそっと出て行き、サポートで父の後ろについたんです。 無事舞台を終えて、しばらく経った頃でした。 父が 「あの時は何しに出てきたのかと思ったけれども、ありがとう」 と私に言ってくれたんですよ。 これが怒られてばかりだった厳しい父からの唯一の「ありがとう」の言葉でした。 褒められたわけではありませんけれども、 この「ありがとう」の言葉はいまも忘れられません。 人それぞれにこの「ありがとう」が有るのかもしれない |
2026.09.03 |
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