本文へスキップ

      次代に輝く住まいを創る

TEL. 0120-815-711

〒971-8134 福島県いわき市鹿島町飯田字八合22

一語履歴WORD vol.240

過去の一語履歴を見ることが出来ます。

一語履歴 HOME
 
一語履歴 vol.240
人を育てる10の心得...
一語履歴 vol.239
苦がその人を鍛え上げる 磨き上げる 本物にする...
一語履歴 vol.238
誰もが変わる奇跡の学習塾...
一語履歴 vol.237
あるのは夢と情熱だけ...
一語履歴 vol.236
かつて38億円の赤字に陥った無印用品...
一語履歴 vol.235
患者さんの信頼を得る...
一語履歴 vol.234
あの笑顔をもう一度...
一語履歴 vol.233
上善の水の若し...
一語履歴 vol.232
誠を尽くす人...
一語履歴 vol.231
人生の師に学んだこと...
日本一のおもてなしと称される
石川県の名旅館・加賀屋。

最高のおもてなしを演出する
ための、人育ての極意とは?

☆ 人を育てる10の心得 ☆

小田 真弓(和倉温泉 加賀屋女将)

──これまで数多くの社員を
  育ててこられたと思いますが、
  人を育てる上で大事なことは何ですか。

前提として挙げられるのは、
「現場に宝物あり」ということですね。

やはり現場にいなければ
分からないことがたくさんありますから、
私は極力玄関に立ち、廊下を歩いて、
危ないな、よくないなと思うことは
すぐに注意して直させているんです。

その上で、客室係を育てる上で
大切だと感じていることは、
10項目ありますが、その内の2項目。

1つ目は、笑顔で相手の
いいところを褒めてあげる。

ここでのポイントは
「ありがとう」と言うことです。

よく「ご苦労さん」って
言うことがありますけど、
どうしても上から目線での
物の言い方になりますから、
私は「ありがとう」とか
「ご苦労様でした。ありがとう」
と言うようにしています。

2つ目は、注意する時は
言い方に気をつける。

「あんた、こんなことしてダメよ」
って頭ごなしに叱っても、
いまの子は「何よ、あの言い方」
「全然私の気持ちを分かってくれない」
と反発するだけですから、
相手の言い分をまず聞き、
「こんないい面を持っているけど、
これだけは気をつけてね」と注意します。
 
2017/03/06

毎日、人々の悩める声に耳を傾けている
鈴木さんですが、
多くの親子を見ていて
感じられることがあるそうです。

☆ 溺愛されても本当の愛は感じない ☆

鈴木 秀子(文学博士)

私は日々、
いろいろな方の人生の悩みに
耳を傾けていますが、
親子関係、特にいつまでも親離れ、
子離れできないでいる人たちの
相談が少なくありません。

大人になりきれず、
引き籠もりやニートのような
状態を続ける若者が増えているのは、
そういう家庭環境のひずみに
一因があるのでしょう。

受験戦争の中で
母親は我が子に寄り添いながら、
全力を挙げてサポートします。

しかし、それが一段落すると
突然目的を見失い、
まるで人生のゴールにでも
辿り着いたかのように
蛻の殻になってしまう親子がいます。

有名大学を出た我が子が
定職に就くことなく
遊んで暮らしていたとしても、
親自身が

「子供がいつも傍に
 いてくれて嬉しい」

と、あたかもそれを
歓迎するかのような
雰囲気さえあります。

矛盾するようですが、
溺愛されて育った子供たちは、
心の深い部分で
自分は十分な愛情をもらっていないと
感じながら生きています。
 
2017/03/05

一世を風靡したテレビ番組
「料理の鉄人」で、「中華の鉄人」
と謳われた陳建一さん。

☆ 親父には負けたくない ☆

陳 建一(四川飯店オーナーシェフ)
   ×
中嶋 貞治(新宿割烹 中嶋店主)

【陳】
調理場に立つ度に
僕が思っていたのは、

「よし、きょうは頑張るよ」

ってこと。ただ、そんな気持ちは
周りの人間には見せないよ。

いちいちそんなことを
声に出していたら、
みんな驚いちゃう。

でも、その気持ちはずっと
持ってやってきた。

いつでも絶対に
おいしいものをつくるぞって。

【中嶋】
陳さんには、正しいことを
繰り返すことができる強さがあるよね。

【陳】
僕にはそれしかないもの。

【中嶋】
自分が一番正しいと思う
スタイルに早いうちに気づけて、
しかもそれを繰り返すことが
できる人が一流になる人だと僕は思う。

陳さんは正しいと思う
方向に向かって努力を
積み重ねてきたからこそ、
いまの陳さんがあるんじゃないかな。
 
2017/03/04
先天性の骨形成不全症という
難病を背負い、経営の第一線で
活躍されている垣内俊哉さん。

高校生の頃、歩きたい一心で
手術を受けられますが、
残念ながら歩ける
ようにはなりませんでした。

垣内さんはどのようにして、
この苦しい時期を
乗り越えられたか。

☆ 人々の共感力が事業を前進させる ☆

垣内 俊哉(ミライロ社長)

高校を休学し、17歳の時に
大阪の病院で手術を受けて
一年近くリハビリを続けましたが、
結局歩けるようにはなりませんでした。

歩くことが夢であり
生きる目標でしたので、
それが叶わないと知った時、
浅はかでしたが、
自分で命を絶とうと考えたんです。
  
──辛い毎日でしたね。

夜中に病院の屋上に行き、
柵に手を掛けて
よじ登ろうとしました。

でも私の足ではそれすらできない。

そのことを知って
柵にしがみついて泣いたんですね。

深い闇に沈んでいくように、
しばらくは生きる気力すら湧かず、
ベッドの上で毎日を悶々として
過ごしていました。

──そこからどのように
  立ち直られたのですか。

その頃、私を支えてくださったのが、
同じ病室の富松さん
というおじいさんでした。

いつも泣いていたのを
見ておられたのでしょうね。

ある日、私に
話し掛けてこられました。

話にじっと耳を傾けてくださった後、

「君はちゃんと登り切った先の
 景色を見たのかい」

とおっしゃったんです。
君はやれるだけの
ことはやったのか、と。

これには目が覚める思いでした。
 
そして

「人生はバネなんだよ。
 いまの君はバネがぎゅっと
 縮んでいる時期だ。
 しかし、必ず伸びる時期が来る。
 その景色を、見たくないかい。」
 
2017/03/02

バナースペース

展示場 櫛田建設株式会社

〒971-8134
福島県いわき市鹿島町飯田字八合22
福島テレビハウジングプラザ内

Mail infous@kushida-web.com
TEL 0246-76-0255
FAX 0246-76-0256
定休日:水曜日